14 睡余の後の片言隻語 - 1 -

 ふ、と目を覚ましたのは宛がわれた宿屋の個室だった。

 己の長い金の髪が視界に入り、ああ、朝が来たのかとヨシュアはゆっくりと体を起こす。窓の外からは明るい陽射し、朝だからかまだ光は柔らかく小鳥のさえずりも耳に心地よい。

 この世界の青年二人は同じ部屋だというのに、自分とルーシェルは別室を指定されていた。魔王は女性だからわかるが、何故自分まで個室にさせられたのかはわからないままだった。ルアードが絶対! 同じ部屋とか! 男の人だと解っていても無理だから! と。何やら力説していた事を思い出す。

 何か、不都合な事でもあったのだろうか。

 そんな事をぼんやりと考えながらそろりと寝台から降りた。洗面所は客室の外に共同の物があったので、部屋から出てそこで顔を洗う。部屋へと戻ってから備え付けの小さな鏡台で髪を梳かし、ゆっくりと身支度を済ませてから階下へと降りた。きしりきしりと鳴る木製の階段。

「おはようございます」

 ここに滞在するようになって五日目の朝の事である。

 いつものように声をかける、常ならば人の子たちがここで朝食を摂っているので挨拶をしたのち合流していたのだが。目の前に広がるいつもとはまるで違う光景にぎょっとした。そこには昨夜にこやかに自分達の偽りの祝言を我事のように喜んでくれていた冒険者達が、ぐったりとした状態でロビーのソファに腰かけているのである。

「あー…おはよヨシュアさん……」

 その中で一人、顔が真っ白なルアードがこちらを見ながらやあと手を上げている。こちらも他の冒険者と同じくしょぼしょぼと目を細め、明らかに具合の悪そうな彼がカウンターに弱弱しく座っているのである。

「る、ルアードさん!? どうされたんですか!」

「いや、ごめん、ちょっと、あの……マジで無理」

 か細く、けれど全身で無理だと訴えられる。

 あの快活で朗らかな普段の彼とはあまりにも違う様相に狼狽えた、慌てて駆け寄る。何か病気にでもかかったのだろうか。霊力が使えればそんなもの吹き飛ばしてしまえるのだが、現在の状態ではそれも叶わない。いや、増幅装置を使えば少しは役に立てるだろうか……原因の特定までできればいいのだが、しかし人間は魔法が使えないという世界で人外である事をここで暴露するのは如何なものなのだろう、と。ぐるぐると思考を巡らせていると不意にぽんと肩を叩かれた。

 しおれた花のようなルアードの横で、いつものように朝食を摂っていたアーネストがチーズトーストをかじりながら首を振っているのである。

「二日酔いだ」

「ふつ、え?」

「酒の飲み過ぎだ」

 軽蔑の色の濃いアーネストの言葉に、一瞬何を言われたのか解らなかった。

 二日酔い、酒の飲み過ぎ、昨夜の事だろうか。確かに祝賀の空気に包まれ昨夜は随分と遅くまでにぎやかだった記憶がある。自分とルーシェルはといえば三階の屋上テラスでしばらく夜風に当たった後、割り振られた自室へと戻ったのだった。いつまでも星空を見ていたい気もしたが、お前となんぞ話す事なんて何もないと吐き捨てられたのでならばと切り上げたのだった。その後は彼らに一言声をかけて、割り振られた部屋に戻ったのだが。

「ヨシュアさんいっぱい飲んでたのに何で平気なのォ……」

「俺より飲んでたぞ……」

「飲んだことないって言ってたのに……」

 死屍累々と至る所でぐったりとしている冒険者達がぼそりぼそりと呻き交じりに呟きだした。昨夜祝いだ何だとどんちゃん騒ぎをしていた恰幅の良い彼らである、確かに結構な量の酒量が提供されていたが……飲まないのは失礼だと言われ、いろんな種類の酒をグラスへと注がれていた。それらすべてを飲み干しておいて何で平気なのか、などと言われても。どう返したらいいものか見当もつかない。

「放って置け、大方酔い潰してあれこれ聞きたかっただけだ」

 早々にトーストを食べ終えたアーネストは、一緒に提供されていたスープをすすりながら淡々と返す。

「あれこれ、とは」

「お前らの馴れ初め、……か? 昨夜もしつこかっただろう」

 下衆いことだ。

 じろ、と二日酔いで苦しんでいるらしい冒険者達を睨む、揃いも揃って顔の青白い彼らは応えるでもなくふいと視線を逸らした。ほらな、と続く言葉に、よくは解らないがきっと恐らくそういう事だったのだろう。

 ふむ、と考えてみる。馴れ初めというからには祝言に至ったきっかけについてだろうか。祝言という事自体が既に虚言であるのだから、恋も何もなく語れることなどひとつもない。話せる事と言えばただただ種族間での敵同士で、彼女と相まみえるまで言葉を交わしたこともなかったというだけ。天界での初対面時など殺戮を繰り返す中こちらに向かって放たれた「遅かったな」であったし、彼女を排除しようと交戦し、その結果としてこの世界に来てからの第一声は憎悪に満ちた「貴様何をした」である。徹頭徹尾、露骨なまでの敵愾心である。

 ……彼女の名を知ったのは、彼女の父親である先王が亡くなった時が最初だ。それまで存在すら知り得なかった先王の娘ルーシェル。彼女が即位した時に初めてその名を聞いた。友好的な交流など存在しない魔界の王、彼女との接点など無きに等しい。

 ……そういえばルーシェルの姿が見えない。

「ちなみにルーシェルさんのドレスの色は埒が明かないので、お色直しで全部着ていただくことに決まりました!」

 トレーを片手に奥のキッチンから出てきたリリーが実に朗らかに宣言する。女将は料理をしているのだろう、軽快な音が聞こえてくる。

 はーいみなさん酔い覚ましのスープですよー、言いながら冒険者達にマグカップを手渡していた。よろよろしながら、ありがたい、と受け取る彼らはドレスの色一つで凄く盛り上がったようだった。そこにルーシェル本人の意思は存在していないのはもう彼らにとって些細な事なのだろう。

「ちなみに白、黒、赤、ピンク、青、紫の順です」

 ルアードがきちんと決まったという色を報告してくれるが、それは候補に挙がっていた色全てではなかろうか。いやむしろ増えている、どうやら自分が席を立ち、三階へと移動した後も律儀に談義は続いていたらしい。

「多くないですか……?」

「言うだけタダだからな」

 食事の手を止めないままアーネストが答える。

 長い黒髪の、綺麗な青い目をした青年は相変わらず黙々と食べていた。大きく口を開けて豪快に食べるさまはなかなか気持ちがいい。二日酔いだと言って顔面蒼白の冒険者達がスープ以外を口にしていない中、一人だけそこそこの量を平らげている。

「アーネストさんは平気なんですか?」

「俺は飲んでない」

 そう言いながら、ず、と。マグカップに注がれたスープを飲み干すが、物足りないのかほんの少し考えた後追加の注文をリリーにしていた。

「ほら、アーネストは酒飲むくらいなら食べたい奴だからさ……」

 俺はまだしばらく無理だあ、言いながらルアードがちまちまとスープを口に含む。この場にいる者達みな同じように青い顔のままである。しばらくしてカウンターの奥から何やら良い匂いがし始めるが、冒険者達の中には匂いが駄目だったのか呻きながら二階へと引き上げていくものも何人かいた。げに恐ろしきは酒精である。

「……ルーシェルは、来ていないんですね」

「ええと、そうですね。見てないです」

 おまたせしましたーとアーネストの前に皿を置くリリーが答える。

 ほかほかと湯気を立てるそれは卵を焼いたものだという、受け取ったアーネストは追加の白く丸いパンと一緒に齧っている。自分も何か少しいただいてみようか、とアーネストの傍の席に座った。何か食べるのか、とアーネストから向けられる視線に、彼と同じものをリリーに頼もうとして。

「アーネスト、悪いけど食べたらさ、ヨシュアさんの装備二人で見て来てくんないかな」

 剣の研ぎが終わるの今日だろ。

 ついでに見繕ってきてあげてほしいんだけど。

 か細い声のルアードに、アーネストはあからさまに困惑した表情をした。

「なんで俺が、」

「俺はこれ多分夕方まで無理だよォ……」

「調子に乗って飲み過ぎるからだろ」

「怒んないで頭に響く……」

 お酒は楽しく飲みたいじゃん〜と半泣きに近いルアードに、自業自得だとアーネストはにべもない。装備なんてお前が見てやればいいだろうと明らかに戸惑った様子でルアードに言うので、なんだか居たたまれなくなってしまった。

「あの、ご迷惑なようですから」

「えっアーネスト迷惑なの?」

 私は大丈夫ですと続けるつもりが、ルアードがアーネストに向かってそうなの? と。まさか正面切って問うので思わずこちらとしても慌ててしまった。黒髪の青年も目を丸くして少し焦ったように声を上ずらせる。

「いや、別にそういうわけじゃ、」

 もごもごと言いにくそうに。

 別に気を使ってもらわなくてもいいのだけれど、アーネストはしまったと言わんばかりに目を泳がせていた。こちらの世界の事などまるで解っていない自分の為にルアードが提言してくれているのだとは理解は出来るがしかし、迷惑をかけたいわけではない。いや、迷惑をかけない為に装備を整えたいのは確かなのだが。嫌がる相手に無理をしてもらうのはあまりにも心苦しい。自分の事は己で何とかするべきだろう。

「あ、あの、アーネストさん、ルアードさん、私は別に平気ですので、」

「正直俺じゃあ剣の事はわかんないからさあ」

「…………」

 にこにことしているが心配になるほどの青い顔のルアードに言われ、アーネストはぐっと口を引き結んだ。逡巡している様子が手に取るようにわかる、食べていた手も止めて、いつも表情の硬い彼がどうしようと非常に困った顔をしていた。

 そうしてちらりとこちらを見やる。いつも静かな青い瞳が困惑と不安とがないまぜになった色を湛えている。

「………………俺で、いいなら。来るか?」

 非常に小さな声で問われた。

 嫌そうな気配ではない、こちらの出方を窺っている様子だ。

「あの、アーネストさんがお嫌でなければ、是非」

 お願いしますと続ければほっと胸を撫でおろしたようだった。どこか恐々とした様子だった表情に安堵の色が満ちる。普段あれこれと世話を焼いてくれるのはルアードがメインだったから、突然話を振られて驚いたのだろうか。彼は口数が少なく、あまり会話をしたことがなかったので人となりが今一つ解らないでいた。でも悪い人物ではない。

「ルーシェルさんの事は任せてよ、俺、今日ここにいるから」

「動けないだけだろう」

「そうとも言う~」

 軽口をたたき合う二人の姿はもういつもの通りだった。

 その二人の様子がなんだか微笑ましくて、ふふ、と。ゆるく笑みを口に刻んで改めてリリーに食事を頼む。白く丸いパンと玉子とベーコン。食べる事は未だに慣れないが、食べ物の名を知る事も、色んな刺激が口の中で踊る事も不思議な感覚で楽しい。食事は必要ない。栄養とやらも必要ない。人の真似事をする嗜好品とでもいうべきものは、けれど心躍るものであった。

 提供されるの待っているとそわ、と。アーネストが再びこちらを見た。

「……最後にあと一皿、俺も食べてっていいか」

 

  ※


 食事を済ませて宿の外へと出るとすっかり日は高く上っていた。

 すたすたと研ぎに出しているという剣を受け取りに武器屋へと歩を進める彼について行く。一緒に出掛けてはいるが言葉数は相変わらず少ない。

「あの、すみませんお手数をおかけします」

 宿を後にして露店が立ち並ぶ道を進む、人々で賑わうそこを通るのだから少し声を張る。

「いや……いい、俺も少しあんたと話してみたかった」

 アーネストは歩みを緩めないままいつもの少し硬い声で口にする。話、とは。

「なんでしょう」

 そう言って横を歩く青年を見やるが、彼は真っすぐ前を向いたままだった。頬に深い傷跡のある青年の横顔、彼はいつも首まできちりと覆う肌の見えない服装をしていた。その傷は鍛錬の最中に負ったものなのか、それとも『魔』につけられたものなのか。彼の剣の腕は確かに突出している、自身の背丈ほどの大剣を容易く扱う技量は目を見張るものがあった。生半可な鍛錬ではなかったであろうことは容易く見て取れる。

「……俺は、言葉が苦手だ。あいつの方が適任だと思ってだけだ」

 別にお前が嫌なわけじゃない。

 こちらを見ないまま、酷く言いにくそうに。言葉を選びながら口にする彼に目をしばたかせた。

 自身が先程宿屋で放った言葉は失言だと思ったのだろう、言葉が苦手だという通りどうこちらに告げればいいのか随分悩んだような顔だった。ここまで口数が少なかったのは、言い方を考えていたからだろうか。迷惑をかけているのはこちらなのに、面倒だと言われても仕方がないというのに。彼は悪かったなと告げる。それがなんだかとても嬉しくて、話をしてみたいと言われたことがとても嬉しくて。自然と笑みがこぼれた。

「ありがとうございます。私も、アーネストさんとお話してみたいです」

「何がそんなに嬉しいんだ……」

 にこにこと彼を見ていたからだろうか、居心地悪そうにふいとまた顔を背けられる。ぶっきらぼうに呆れた物言い。その、人の子の語尾が少し荒いのも愛おしくて。

「貴方のそのやさしさですよ」

「……よく解らん」

 眉根を寄せて口にしたアーネストは、やや歩く速度を速めて大通りの店を素通りしていく。

 今日はひとりかい、時折店主から声を掛けられる度にまたむっとしてようい眉根にしわが寄っていた。ニコイチじゃないんだ、と文句を言っていたがそれすら微笑ましい。

 明るい日差しに照らされる大通りは賑やかで、色とりどりの布張りの屋根の下に並ぶ商品はやはり見慣れぬものが多かった。食料品、衣類、宝飾品。魔石も直に売られているようだった。色も大きさも大小様々なそれらは生活の必需品なのだろう。石の色ごとに効能が違うようだったがまだ確かめられていない。きらきらと光を受けて輝くそれらは確かに美しく、加工して宝飾品にするのは自分のような価値の分からぬものから見ても当然の事のような気がした。

 遠く青い空。

 日差しは暖かく目を刺すほどの光。

 足元に出来る影は色濃く、石畳で舗装された道の上で踊っていた。雑踏、人々の熱気、活気あふれる人々の生活がそこにはあった。生きている。

「……不安は、ないのか。ここはお前たちのいた世界とは違うのだろう」

 ぽつりと。

 不意に騒がしい人通りの中で問われた。

 雑踏の中で紛れてしまいそうな、掻き消えてしまいそうなそれ。

「文化も価値観も常識も違う、お前達は言語ですら共通部分がない。どうして笑っていられる」

 俺は、俺だったら。笑えない。無理だ、と。思う。

 酷くか細く、掠れた声で口にしながら。ぎり、と。拳を握る。

 見知らぬ世界。言語の違う世界。

 自分達の元いた世界でも多岐に渡る風習が存在していたが、ここはそのどれとも合致しない。恐らく空間からして違えた世界なのだと思う。人喰いの竜人、魔石、魔法。理の違う世界。アーネストが言うのも尤もだ、一人で放り出されたなら心細く感じたのかもしれない。けれども。

「でも、あなた達が助けてくださった」

 足を止めて彼を見やれば、アーネストも同じように歩みを止めて振り返る。

 世界が違うとはいえここにいるのは優しい心を持つ人間だ。心からの感謝を伝えたい。異世界から来ただけの私達にどこまでも心を砕いてくださる貴方に。

「……私は、空から見ている事しか出来ませんでしたから。こうして世界を違えたとて、人と、人の優しさに触れられて、こんなにも親切にしていただいて。感謝こそすれ恐れる事などなにもありません」

 ありがとうございます。

 改めて告げると、アーネストは面食らったように目を見開いた。そうして何やら言いかけて、結局やめたようだった。別に、そんな、と。小さく口にしたあと殊更大きく息をついて。

「すまん、あいつなら、もっと気の利いたこと言えるんだろうけど」

 がしがしと頭をかくアーネストが歯がゆい表情で、上手く言えないのだとこちらに告げる。ばつの悪い表情をしている彼に首を振った。

「いいえ、いいえ。私はアーネストさんにお礼を申し上げているのです」

 こうして会話や感情のやり取りが出来る事が、彼と触れ合える事が嬉しい。素直な感情の吐露、変に取り繕って虚勢を張らない彼が愛おしい。ただ遠くの空の上から見ているだけよりもずっといい。

 天使が天から地へと降りる事は基本的に許される事ではなかった。高位である程、啓示以外で天界を離れる事は禁忌とされている。それは同じように地上にやって来るであろう強力な悪魔との衝突を避ける為でもあり、天界魔界と共に暗黙の了解でもあった。悪魔狩りは主に中級三隊が行っている、その彼らが対処できなくなった場合に我々上級三隊が出るけれどそれもそうそうある事ではない。――例えば、悪魔達の王が天界へやって来るなどの事態にでもならない限り。

 記憶の中で揺れる黒髪が思い出され、ふ、と。笑みがこぼれた。

 ありえないことはありえない、だ。

「それに、――私には怨敵とはいえ同じ世界から来た方がいらっしゃいますからね」

 この場合は同郷という扱いになるのだろうか。

 敵対しているとはいえ、元居た世界の事も互いの事もよく知っているというのはそう遠く外れた表現でもないのかもしれなかった。彼女は認めないだろうが。

「実は仲がいいだろ」

「とんでもありません」

 呆れたような物言いの彼が再び歩き出すのを慌てて追いかける。

 天使である私が悪魔と仲が良いなどと心外である。

 アーネストは確かにあまりおしゃべりな方ではなく、口数はそう多くはない。それでも感情豊かであったし、武骨な人間とも違った。歩みはさくさくと軽快であったし、他愛のない話を二、三交わせば口こそ悪いものの彼の人の良さが解って楽しい。

 大通りをのんびりと歩いていく、降り注ぐ陽の光、人々の間を通り抜けていく風は心地の良いものだった。様々な人間が集まるそこを通り抜け、アーネストは通り慣れた道なのだろうやがて細い道を選んで歩いていく。

 人通りの多い道から一本外れた道を進んだ先にあったのは、あまり綺麗とは言い難い木造の小さな小屋の集合地だった。その中でもひときわ古い造りをしたそれは、確かに武器屋であるのだろう。剣の描かれた看板が出てはいたものの、まるで隠れているかのようにひっそりと佇んでいる。

「じーさん、出来てるか」

 言いながら、アーネストは閉じられた扉を躊躇なく開く。

 中は薄暗く、来客用と思しき小さなテーブルと椅子が一組置いてあるだけで。その壁には一面にずらりと大小様々な刃物――剣と呼ばれるであろうあらゆる武器が置かれていた。単なる装飾品の類ではない、僅かな光を反射し黒光りする刃は今すぐにでも使用できる実践用に見える。

「坊主か」

 あまりの数に圧倒されていると、のそりと。奥からややしわがれた声と共に一人の老人が現れる。小柄で腰の曲がった、杖を突いて歩く高齢の男性だ。その男性が、ぶん、と。何かをアーネストへと放り投げた。ばし、と受け取ったそれはアーネストが預けていた剣だ。鞘に入ったままのそれ、とはいえかなり刃渡りの長い長剣だ。結構な重さになるだろうにご老人はいとも容易く投げつけたのだ。

「お前な、また無茶苦茶やりおってからに刃こぼれ酷かったぞ。……おい、ルアードはどうした」

「二日酔いで死んでる」

「あのクソガキが」

 けっと。口を歪めるご老人とぱちりと視線が合う。

 きらりとやや薄い茶色の瞳が輝いて、まるで品定めでもされているかのような眼差しだと思った。なんとも居心地の悪い視線。

「どちらさんかね」

「森で拾った。こいつも訳ありだ、武器と防具を適当に見繕ってくれ」

 じろじろとこちらを見ている老人に対して何を言うでもなく、剣を鞘から抜いて研ぎ終わりを確認しながらアーネストは実に雑な説明を放った。……言葉が苦手というよりは、どちらかと言えば大雑把な性格なのかもしれないな、と。そんな事をふと思った。

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