5 朱色は緋より赤く仄暗く

 石畳の街道は真っすぐへと城の門へと続いていた。

 街全体を覆っているのだろう壁は高く、見上げる程だ。大きな門には物々しい衛兵がいて、入国を管理しているのだろう手続きが必要だと言う。とはいっても単純に記名と大体の滞在日数、行商人と冒険者との区別を記録しているだけのようだったが。関所のようなものか、ルーシェルは一人ごちる。

 わざわざ抵抗するのも億劫で言われるがままの申告。この世界の文字は解らないのでルアードが代表として記入していた。

 甲冑に身を包んだ衛兵に指示された先の門をくぐればそこには人間の生活があった。

 喧噪、道沿いにある露店は様々なものを売っている。食料品に衣服、武器、雑貨、人々の活気と視界に刺さる様々な色はにぎやかで、相変わらず日の光は突き刺すように降り注ぐ。

「おっルアード久しぶりだなぁ!」

「ちょいとごめんよ、急いでるんだ」

「どうした今日は彼女連れか?」

「ちっがう! 森で『魔』に襲われてたの助けただけ!」

「ちょうどいい所へ! 今回も色々買ってってくれるんだろー?」

「後でまた顔出すから!」

「いいもの仕入れといたよー」

「ありがとーっ」

 歩を進めるごとに露店の店主たちからあれこれ話しかけられるのを、いちいち返事をしながら足早に駆け抜けていく。人通りが多いこの道はメインロードだろうか。すれ違うのはこの街の住人と、恐らく冒険者達なのだろう。それにしても店主から随分と親しげに声をかけられるものである。ルアードの傍にいるアーネストは表情を変えることなくいて、それなりに話しかけられていたが黙っていた。

「よくここへ来られるのですか?」

「最近はこの街の周辺で情報収集したりしてたからねぇ」

 天使とルアードが会話を交わしているのどこか遠い所で聞いている。

 走るのはつらいが早く影になる所へ行きたかった。そういったこちらの思いを汲んでくれているのだろう、宿屋に行くよと小走りで人の波を泳ぐように進んでいく。どこまでもお人好しなことだ。

「ここはこの大陸の王都から一番近い街なんだ、王都御用達の畜産と農業が盛んな街。農場なんかに『魔』避けの結界を張るから魔石を買い取ってくれる換金所が他より多くて、っと」

 メインロードを足早に駆け抜けた先にあったのは広場だった。

 公園、なのだろうか。様々な人間達が中央にある噴水の周りでくつろいでいる。そこを中心に放射状に続く道もあったが、今来た道から向かって右側の大きめの建物へとルアードは脇目も振らずに進んでいく。看板もあったが、流石に天使の付けている翻訳用のイヤリングでは文字までは読めない。

「女将さーん! 一部屋すぐ準備できるー?」

 ドアを大きく開いて大声で店の奥へと投げかけた。

 客であろう数人の人間と、カウンターと思しき所にいた中年の女が目を丸くしてこちらを射る。

「おやルアードじゃないか、どうしたんだい」

「話はあとあと! 料金は弾むからさ、ちょっとこの子診てくれないかな」

 俺らじゃセクハラになっちまうからさあ。

 意外なことにそういった認識はあったらしい。お前が言うのかそれを、と言わんばかりのアーネストの表情が激しく曇っていた。言葉少なではあるが意外と表情豊かである。

「そりゃ構わないけど……あんたこんな綺麗な彼女に何無理させてんの」

「彼女じゃないって、森で『魔』に襲われてたの助けたんだけど陽の光に弱いみたいでさ」

 交渉を始めるのを尻目にちらりと周囲をうかがう。小ぢんまりとはしているが整った内装である。

 宿屋、と言っていた。泊る所なのだろう、となるとここはロビーだろうか。長椅子があったので遠慮なく座らせてもらうことにする。正直な所、視界が揺れていた。ふらふらする中足早に人通りの多い道を抜けてきたのだ、疲労も疲弊もひどい。口から長く重い空気が転がり落ちる。

 ふ、と視界にかかる影にのろのろと顔を上げる。心配そうな表情の、やや丸みを帯びた女がこちらを覗き込んでいた。

「随分としんどそうね。とりあえず泥を落とさないと……着替えれるかい? リリー、そっち片付いたら部屋までタライ持ってきて」

「はいはーい」

 中年の女はやはりカウンターの向こうにいた若い女に向かっててきぱきと指示を出す。

 リリーと呼ばれた女と中年の女はよく似ている、母娘なのだろう。

「お部屋、日当たり良くないところの方がいいんだろう? 丁度空いてた筈だから、ほらこっち。歩けるかい?」

 強引に手を引かれる、その手の温かさに驚いた。柔らかくて暖かい女の手。されるがまま腰を上げ、こちらだという二階へと案内される。

 ゆっくり休んでねぇ、ルアードの声が後ろからした。

 ……天使は、一体どんな表情をしていただろうか。情けない姿を晒しているという自覚はある、憐みの表情を浮かべているだろうか。それとも嘲笑しているだろうか。思うと腹立たしいので振り返らない。あちらだってこちらの事など気にも留めていないに違いないのだから、あえてこちらが確認する事ではない。

 ああ、でもストールは返さなければ。ぎゅうと頭から被ったままの真白い布を握りしめる。肌触りの良い上等な布だ。あとでもいいだろうか、そんな事を考えながら階段を上る。


   ※

 

「随分と顔色が悪いねぇ」

 リリーと呼ばれた女が案内された部屋まで持ってきたのは、湯の張ったタライだった。

 そこに布を浸して、女将が椅子に座ったこちらの手足を拭っていく。脱がされた靴は泥を落とすからとリリーにどこぞへと持っていかれてしまった。

「放って置け……」

「そりゃあできない相談だね」

 きっぱりと言い切られる。

「湯あみしてもらうのが一番なんだけど、辛そうだしねぇ。ほら脱いだ脱いだ、その変わった服も洗っちまうから。リリーの服着てそのまま寝てな」

 問答無用である。

 どうなってんだいこの服はと文句を言いながら手早く脱がされていく。抵抗は一応したが、おとなしくしてなと一喝されてその気も失せた。一通り拭き終わったのかばさりと白いワンピースを頭から被せられる。もぞもぞと腕を通す、天使のストールほどではないが柔らかな生地の、シンプルな服。

 女将に布団へ行くよう促され、ぼすりと沈んだ。ふかふかだ。

「瘦せすぎじゃないかい……もっとちゃんと食べなきゃ」

「……いつもそんなに世話を焼くのか……」

 やや丸みを帯びた頬をした女将が、同じように目を丸くしてこちらを見た。

 日当たりの悪い部屋と言っていただけの事はある、窓はあるが明るくもない。少し開け放たれた窓から緩やかに風が吹き込む。ほの暗い部屋なのに不快な湿度ではないのは風が通るからかもしれなかった。

「そりゃあ全員にはしないさ。そうね、ルアードの紹介だからってのと、若い娘を放って置けないってのはあるかしらね」

 うちの娘とそう年も変わらないでしょう。

 脱がされた服をたたみながら女将は小さく口にした。

「あの男と親しいのか」

「親しいっていうか、この街に来ると必ずここに泊まってくれるのよねぇ」

 リリーとか言う若い娘がいるからだろうな、思ったが口を噤む。栗色の髪をした娘は確かに見目好い部類に入るだろう。くるくるとよく動いていて、他の客からも反応は悪くなさそうだった。

「何か、探し物をしていると言っていたよ。今はこの辺りを中心に移動してるみたいだけどそのうち他の大陸にも行くとかなんとか」

「他の大陸……」

 小さく口にする。

 大陸というからには、地続きではないのだろうか。

 元いた世界でも人間界に降りた事はなかった。自分がわざわざ何をする必要もない、ただ玉座に君臨さえしていればよかった。莫大な霊力、誰も自分に刃向かう者などいない。ただひとりそこに在るだけ――

 ……何も知らないな、私は。

 地に生きる者の事の何もかもを。

 柔らかな布団、ほのかに香るのは何の匂いだろうか。

 僅かにそよぐ風は心地よく、窓の外に降り注ぐ光は肌に触れねば綺麗だと思った。明るい。ふわ、と小さく欠伸がでる。暖かだ。馬鹿みたいに親切な人間、敵対する天使とは休戦という体を取っているが心許せるはずもなく。借り受けた小刀を懐に抱きこんだ。霊力も己の武器も使えない今、小さな刃物だと言えどもないよりはマシだろう。グリップの使いこなされたなめし革、細かな文様の刻まれた木製の鞘。ゆっくりと指を這わせればほんの少しだけ安堵する。

「さあ、もうお休み」

 柔らかな優しい声が耳に届いて、意識は緩やかに闇の中に絡め取られていった。


   ※


 鐘の音がしたような気がして目を覚ました時、窓の外は真っ赤に染まっていた。

 驚いて体を起こす、一体どれ程眠っていたのか定かではないがあれほど辛かった身体はもう問題ないように思えた。さらりと柔らかな手触り、天使のストールが枕元に丁寧に畳まれて置いてあった。嫌味なほどに真白いそれ、これくらいの明るさなら多分日よけに使うほどの事もないだろう。

 そろりとベッドから降りてみる、回収されていった己の靴はなく代わりにサンダルが一つ置いてあった。これを履けという事だろうか。履いてみて、立ち上がる。ぐっと腕を回してみるが痛くはない。

 宿屋は喧騒からはかけ離れていた。

 窓の外を覗けばそこには噴水が見える、吹き上げる水は茜色に染まり人々の往来はガラス一つ向こう側。まるで別世界のようだった。色鮮やかな外の世界に対して耳に痛いほどの静寂、しんと静まり返った部屋。胸の奥に訪れる空虚な何か。

 きい、と。小刀とストール片手に木製の扉を開いて外に出てみる。耳に届く音は大きくなるがそれでも不快というほどではなかった。長い廊下の両側にあるいくつかの扉。宿屋なのだから当然だろう、漏れ出る不特定多数の人の生活音と会話。ちらちらとこちらを見る見知らぬ冒険者であろう男達の視線、まるで自分が異物のようだ。

 ストールを、返すだけだ。

 そんな事を考えながらそろそろと歩く。

 いつまでも借りを作りたくない、だが一体天使はどこにいるのだろう。悪魔が使ったものなどいらぬと言うかもしれないなとふと思う。ストールを貸したのが自分ならきっとくれてやると言うだろう、汚したつもりもないが気持ちの問題である。そもそもが殺し殺される間柄でしかない、一切の交わりのない忌むべき存在。相まみえる時は刃交える時だけである。天上に住まう白い生き物。清く真白くありつづけるのは汚泥を知らぬからだ。

 ゆっくりと階段を下りてみる、木製の手すりは柔らかく手に馴染む。とんとんと己の乾いた足音が響く、窓から差し込む朱色の光が影を濃くしている。

 ――何もかも、魔界と違いすぎて。

 目を焼く程の苛烈さはなくなったものの鋭い日の光に目を細めた。断末魔のようだ。

「あら、もう大丈夫なんですか?」

 若い女の声がしてびくりと肩を震わせた。

 みれば、女将の娘が沢山の布を抱えてそこに立っていた。リリーといったか。

「女将はちょっと今手が離せなくて……何かお手伝いすることありますか?」

「いや……、」

 屈託なく微笑えまれて返答に困る。

 両手に抱えられた沢山の布は洗濯物なのだろう、色とりどり大小さまざまなそれらをリリーはよいしょっとカウンター奥へと持っていく。この宿屋で使っているものと、恐らく宿泊客の物も混じっているようだ。

 カウンターは軽食も出すのだろう、何人かの男たちが何やら飲んだり食べたりしている。ちらちらと、こちらとリリーとを見る目が煩わしい。

「ルアードさん達は今出かけられてますよ、しばらくしたら帰って来られるかと」

「そう、か……」

「あ、あの綺麗な男の人は外にいらっしゃいますよ」

「外?」

「ええ、ほらそこに」

 リリーが風を入れるためか開け放たれていた窓の外を指し示す。腰ほどの高さに設置されたやや広いその先は中庭なのだろう、そこには果たして綺麗な金の髪をした宿敵である男の姿があった。

 

 ……天使が、薪割りをしている。


 思わず窓にかじりついた。

 長い髪を一つにくくり、あのずるずるした天使特有の衣服を脱ぎ棄てこちらの世界でよく目にする服装へと着替えていたのである。やや襟ぐりの開いた亜麻色のシャツに何故か七分丈の黒いボトムス。ほぼ肌を出す事のない天使の青白いくるぶしが見えて眩暈がしたと同時に、こんな面白い事になっていたのかと唇が歪む。恥も外聞もかなぐり捨てたか。振り下ろされる原始的な刃物、カアン、と小気味よい音がして丸太が綺麗に割られていく。転がっていった割られた木をまた丁寧に傍に積んでいて、一体いつからしているのかそこそこの量になっている。

「何か手伝わせてほしいと言われて、女将がお願いしたんです。あの変わったお洋服だと邪魔になるだろうから私の父の服をお貸ししたんですけど丈が合わなくて……」

 なるほどと納得。

 私の監視の為にこの場に留まったが、手持無沙汰だったのだろう。何かさせて欲しいなどと如何にも天使の言いそうなことだ。黙々と作業をこなしていくその表情は真面目かつ真剣である。

 はっと。笑いが漏れ出た。

 解りきっていた事ではあるが、改めて己の置かれたこの状況の異常さを目の当たりにすると笑いもしようというものだ。魔界の王であるこの私が人間の手に助けられて、天界の王であるあの男が人のように肉体労働をしている。あの日、あの時、私を射た氷のように冷え切った色のない青い瞳をした、涼しげな表情でいた天使が。あのように汗を流すさまなど誰が想像できただろう。

「女の方だと思っていたのでびっくりしました」

 リリーがはにかむ。

 天使は確かに背は高いが女のような顔立ちをしているし、体格は細い方だ。勘違いもまあ納得できる。……こうまで毎回女に間違われてあの男はどのような心境なのだろう。興味もないが。

 薪割りに精を出す男から何となく目が離せなくなって、じっと見つめる。斧を握る両腕、振り上げられる動きに不安定さはない。真っすぐと叩きつけられる刃はあの男の剣捌きを思い出させた。見た目からは想像も出来ぬ程に激しい圧を放つその体幹のぶれぬ動作は見ていて不思議と高揚感をもたらす。配下どもが見たら卒倒しそうだな、人の手伝いなどよくやること……重さを感じさせない動きだな……そんな事を考えていたら。

 ばちっと。

 こちらを捕らえた男と目が合った。

「……ッ」

 とっさに窓を閉める。ばん、という乱暴な音にこちらを見ていた男が少しだけ驚いたように目を見開いて、手にしていた斧を薪割り台にゆっくりと立てかけた。そうしてすたすたとこちらへと向かってくる、逃げ、いやなぜ逃げる必要がある。きっと睨み返しているとやや顔をしかめた男が外から窓を開き直してきた。やや乱暴に。

「何故窓を閉めたんですか」

 珍しくむっとした物言いである。

「別に、……人間ごときの為に精の出る事だと思っただけだ」

「それとこれとは別問題でしょう」

「細かい事を気にするとは天使どもの王は随分と器の小さい」

「……、」

 はあ、と。返ってきたのは溜息である。

 赤い空を背に煌めく金髪の白い男は眉根を下げてこちらを見下ろしていた。頭一つは違うだろうか、女顔のくせに随分と背が高い。一々腹立たしいことだ。

「目が、覚めたんですね」

 身体は大丈夫ですか。先程とは一転、柔らかい声で問われて答えに窮する。

 身体には問題ないが問題は別にある。何故私はこの男に心配されているのだ。

「……貴様に気遣われる覚えなどない」

 ふいと顔をそむけるが男は減らず口は健在ですね、といけしゃあしゃあと宣う。嫌みか。

 ぼす、と目的だった手にしたストールを男に押し付けた。話す事などそもそもない。

「返す」

「まだ必要なのでは?」

「いらん」

 こちらへと再び差し出そうとする男の手を払った。

 お前の情けなど受けんときっぱりと言い放つのだが、天使はなぜか不服そうにしている。

「私は気にしませんが……」

「癪に障る」

「随分な言い方ですね」

 言葉だけだと怒っているように聞こえるのに、天使は呆れたような言動のみで別に声を荒げるでもない。仕方ないとばかりに私が押し付けたストールを丁寧に畳みなおしていた。そうこうしている間にゆらと動いた影を視認したらしい、天使は室内を覗いた。視線の先は自分の背後、なんだと振り返る。

「ああリリーさん、薪割りは粗方終わりましたよ」

「えっあ、はいありがとうございましゅ……!」

 側にずっといたらしい人間の女に天使は声をかけるが、対するリリーの声は裏返っていた。慌てて口を押さえる、顔を真っ赤にしてすみません……とうつむく耳まで朱色ときた。柔らかな栗色の髪、赤の混じる明るい茶色の瞳がゆらゆらと揺れてこちらを見ている。

「あのそのっ、お二方が凄くお綺麗だなって……お伽噺の竜人さまみたいだなって!」

 あわあわと両手を振りながら弁明をする、まて、今のやり取りのどこを見て綺麗だというのか。

 天界も魔界も霊力の高さで美醜が決まる、現在力は使えないが霊力の器としての容姿は変わらない。この世界でも人間は我々の見た目に酷く動揺するようだ。

「……竜人は人喰いだと聞きましたが」

「悪い竜人さまばかりじゃないじゃないですか、実際慈悲深い青の大陸の女王さまは混血だと聞きますし」

 頬を染め上げたリリーは口早に天使の問いに答える。

「人を騙すためだとは言われてますけど非常に見目麗しかったとも伝わってますよね。し、失礼だとは思うんですけど、あの、本当にお二人が夢のようにお綺麗でそれで……」

 御伽噺の中の竜人のようだとリリーは説明する。

 ルアードが言っていた人喰い、支配者、呪いという言葉が蘇る。どのような御伽噺が伝わっているのかは定かではないが、左程拒否感を持っていないのか? それに、である。

「混血の女王がいるのか?」

 打ち滅ぼされたのだと聞いた。それなのに混血だという。

 えっと、ええと、こちらの問いにリリーは目を白黒させている。

「蒼の大陸の、青藍都市にいらっしゃる女王さまは竜人さまと人間との混血で、代々水鏡を使った先読みの能力があると聞きます。月に一度贖いの聖杯の日があって、人にはない綺麗な青の髪と瞳だって、あの、御伽噺の絵本があって」

「詳しいのですね」

 天使が先を促すと、リリーは急に真面目な表情に変わった。

 あの、と。少し言いにくそうにしながらも泳いだ視線をこちらへと真っすぐと向ける。

「竜人さまが討ち滅ぼされて千年、どうして人間より圧倒的有利であったはずの彼らが滅んだのか私、ずっと不思議でならないんです」

 一息に言い切った。

 人を喰らう。

 人に使えぬ魔法を使う。

 人と違い空をも駆ける。

 異次元の存在がどうして、と。

「……リリーちゃんは竜人オタクなんだ」

「いろいろ独自に調べてるんだよ」

 今の今まで口を噤んでいたカウンターに座っていた冒険者と思しき男たちがぼそぼそと口にする。

「オタクじゃなくて! いやオタクでもいいんですけど! 時々不可解な事件があるじゃないですか。一夜で何かに食い荒らされた村とか、路地裏で動物とは思えない殺され方をした遺体とか、」

「女の子がそんな血生臭い事件ばっかり追うんじゃないよ」

「だから彼氏の一つも出来ないんだ」

「うるさいですー!」

 わあっと声を荒げる。彼氏とか関係ないじゃないですか!

 どたばたとリリーと常連らしき男たちのやり取りを尻目に、そうっと天使が身を屈めてきた。こちらの耳元で小さく問われる言葉。

「どう思います」

「……検討する価値はあるかもな」

 同じ事を考えていたのだろう、天使の意見に不本意ながら同意する。

 我々の目的は元の世界に戻る事だ。こちらの人間は霊力、否魔力がないのだという。なれば、その『人に使えぬ魔法が使える存在』に話を聞くのも一つかもしれなかった。何しろ一つも手掛かりがないのだ、僅かなりと可能性を考えるのなら訪れるのは無意味ではないだろう。

「問題は場所と武器、ですね」

 小さく天使は口にする。

 さすがに小刀だけで『魔』が蔓延る世界を旅するのは難しいだろう。そもそもこれも借りものである、霊力が使えないのも困るが何よりも愛器がないのが痛い。大鎌ナハシュ・ザハヴ。魔王が代々受け継ぐ王たる証。あれさえ手元にあればここまで不安を覚える事などなかったのに。

「ただいまー! おっルーシェルさんもう大丈夫!? わあお二人とも着替えたんだねッ」

 そうこうしているうちにやかましいのが帰ってきた。

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