ソメイヨシノの咲く頃に
@BAKUSOKU
ソメイヨシノの咲く頃は
高校時代、私には好きな女の子がいました。
彼女は、クラスの隅で、いつも本ばかり読んでいる私とは対照的に、明るく社交的でクラスの中心人物でした。
彼女は、いつも男子から注目の的で、いつも笑顔が絶えず、とても可愛らしい女の子でした。
私はそんな彼女に一目惚れしました。
しかし、当然、私のような影の薄い人間を、彼女が意識することはなく、結局高校では彼女と話すことさえできませんでした。
それでも、私は彼女との交際を諦めきれませんでした。
そんな消化しきれない気持ちを抱えながら過ごしていた、高校3年生の春。
私は、一編の小説と出会いました。
梶井基次郎の、『桜の樹の下には』
この小説を読んだ時、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。
なぜなら、彼女と情を交わす唯一の方法を、思いついたからです。
彼女を殺し、桜の木の下に埋める。
それが、私の出した最適解でした。
興奮しきった私は、すぐさま準備を始めました。
当時はすでにネットで調べれば、だいたいのことはわかりました。
私はいくつかの道具を用意し、殺害するタイミング、アリバイ作り、桜の木の下にある彼女の死体を隠す方法について、綿密に計画を立てました。
彼女を人気のないところへ呼び寄せるため、ラブレターを彼女へ送りました。
筆跡で気づかれないように、事前に書いておいたそれを、彼女の下駄箱へそっと入れました。
惜しくもこれが、私にとって初めてのラブレターとなりました。
そして、ついに決行の日。
何度も計画を確認し、準備も万端に整えて、私は彼女を殺しました。
血塗れの、ひどく醜くなった彼女を私は抱きかかえ、桜の木の下へと埋めました。
校門の隣にある、立派なソメイヨシノの木でした。
一世一代の大仕事をやり遂げた私は、桜の花が咲くのを、今か今かと待ちました。
彼女を埋めたのはちょうど桜が散ったあと。
葉が青々しく生い茂り、花は一輪も咲いていませんでした。
それでも、私は辛抱強く待ちました。
雪が解け、生命がもう一度芽吹くのを、じっと待ちました。
そんなときです。校門の工事のために、あの桜の木が抜根されることになったのです。
私は焦りましたが、ここで声をあげて抗議をしても、桜の木の下の死体が見つかってしまえば、第一に疑われるのは私です。
どうしようもありませんでした。
結果として、校門から桜の木は消え、そして、私はまた退屈な日々を過ごすことになったのです。
しかし、そんなことは、どうでもよかった。
私には、もっと気がかりなことがあったからです。
あれほど大切に育てていたはずの、愛していたはずの桜の木がなくなってしまったことを、悲しめなかったのです。
私は、一年という膨大な時間が、私の思いを大河のように押し流してしまったのか。
私は本当に、彼女を愛していたのか。
かつて、彼女のことを愛していた私がそのようなことを考えていることに、啞然としました。
私は、彼女のことを愛していない。
悩んだ末に、結局その結論へ達しました。
しかし、私はそれが悔しかった。
もはや、愛など、関係はありません。自らのプライドを傷つけたくなかったのです。
かの有名な哲学者、アリストテレスは愛についてこう述べました。
『愛とは、二つの肉体に宿る一つの魂からなるものである。』
彼女の魂が死んでしまった今の私は、こうすることでしか愛を証明できなかった。
アリストテレスの言ったように、分裂した二つの魂はやがてひとつの肉体に宿るでしょう。
僕は、縄を掛けた桜の木の下へと飛び降りました。
ソメイヨシノの花が美しく散る、春の日のことでした。
ソメイヨシノの咲く頃に @BAKUSOKU
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