10, 京都府警の鷹村警部
翌日
PM12:25
京都市 五条通
京都の空は、昨日と同じく快晴そのもの。
碧は事務所の周りを、車で走っていた。
最近使用していない、会社の車を、メンテも兼ねて運転していたのだ。
刑事ドラマばりのアクションを展開したスタリオンはお留守番。
本日のマシンは、打って変わって大型車。
フォード エクスプローラー。
アメリカで最も売れているSUVだ。 その中でも彼女が乗っているのは5代目、日本で正規販売された最終モデルだ。
真っ赤なボディが、ビルの並ぶ五条通に映える。
ひとりっきりの車内。
カーステレオはスマホと連動し、プレイリストからお気に入りの曲を奏でる。
マイケル・ジャクソンの Jam 。
音楽に合わせて、ハンドルに沿えた人差し指でリズムを取る碧。
市役所まで、そんなに遠くはない。
気楽なドライブとしゃれこもう―― としていた矢先。
「そこの赤い車、止まりなさい」
不意に拡声器で、自分の車を呼ぶ声が聞こえた。
ルームミラーを見ると、背後にシルバーの車が一台、ぴたりとくっついている。
丸っこい小型のセダンなのだが、フロントグリルにはSの文字。
嫌な予感しかしない。
スズキ キザシ。 軽自動車で有名なスズキ自動車が販売していた、唯一のセダンで、その多くが警察車両として採用されているからだ。
なんなら碧は、あの車に乗っている人物に心当たりもあった。
「もう一度言う。 京都ナンバーのフォード。 路肩に寄せて停車しなさい」
この声は、十中八九。
呆れたように鼻で息を吐き、フォードを路肩に寄せて停車させた。
キザシも屋根にパトランプをのっけて、フォードの後ろに停まると、運転席から背広を着た男が降りてくる。
ノックされた窓。
のぞき込んだ彫りの深いダンディな顔の男に、碧はゆっくりと微笑み、窓を自動で降ろしながら、声をかけた。
「やはりあなたでしたか、鷹村警部」
開口一声、鷹村は警察官らしい一言を投げかけた。
「なんで、すぐ止まらなかった?」
「キザシを見たら逃げなさいって、ママに教わったから」
「教育熱心なお母さまなことで……んなこたぁ、どうでもいいんだ。
話がある、俺の車に乗ってくれるか?」
碧のジョークに乗りながらも、鷹村はキザシに乗るよう促した。
彼女もまた、抵抗することなくフォードを降りて、後ろに停まる車へと、一緒に移動した。
鷹村によって開けられた後部座席。 ゆっくり乗り込むと、助手席に乗っていた別の男とも、挨拶を交わす。
「元気そうですね、倉門刑事」
「お久しぶりです、神崎さん」
優しそうな表情の彼と、鷹村。
車内が3人になったところで、碧は間髪入れず、皮肉った。
「倉門刑事も御一緒とは……京都府警は、相当暇なようだねぇ」
「絡むな、神崎。 俺たちも暇じゃないんだ」
「それはこっちのセリフよ。 要件はなに?」
忙しさをアピールするように、鷹村は矢継ぎ早に話を進める。
「まずは、先日の京阪特急爆破未遂事件、解決してくれて感謝してる」
「偶然あの場所にいて、カモにされた同業者を助けただけ。
私は正義の味方じゃないし、感謝される筋合いもない」
「へそ曲がりだなぁ……まあいい。
君たちがあそこにいなければ、列車は脱線、多くの人が命を落としてたであろうことは事実だからな」
そこまで話すと、彼は唐突に話題を変えた。
「ところで神崎、今、瑞奉寺の、いや、例のカルトの仕事を引き受けたそうだな」
「なんで知ってるの?」
「おいおい、俺たちは警察官だぜ?
犯罪のニオイなんざ、蓋をしててもすぐ気づくってもんさ。
公衆便所よりきつい、今回みたいな事件のニオイにゃあ、特に敏感にな」
聞いてるのかどうなのか。
碧は窓の外、空をぼんやりと眺め続けている。
警察官を前に、はたから見れば舐め切った態度だろう。
が――。
「事件解決の恩といったら変な感じだが……その仕事から手を引け、神崎。
お前たち、死ぬぞ」
鷹村の言葉に、碧の表情は変わった。
ミラー越しにも見えない、鷹村と倉門の表情。
その言葉から、重苦しいものだと、すぐに受け取った。
「どういう意味です? なにか知ってるんですか?」
鷹村は、倉門と顔を見合わせるとため息をひとつ。
相棒の、大丈夫、口は堅いです、との一言を保険に、こう口を開いたのだ。
「この件は本部長からも口外無用とされてるんだ。 アウトローといえども、秘密は守ってくれよ」
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