11, 予言とテロ
「2週間前、警察庁を通じて、我々京都府警に情報が入ったんだ。
教団が大規模なテロを計画している。 それも、ここ関西でね」
「有珠雅教が、ですか!?」
唐突にもたらされたテロ計画の情報。
自分たちに仕事を依頼した寺が、もしかしたらテロの中心地なのかもしれないということか。
驚く碧に対して、ここからは、倉門が話す。
「あのカルト教団が、カタストロフィっていう最後の審判が起きると、信者たちに語り聞かせてるというのは、神崎さんも恐らくご存じでしょう。
元信者らの集団訴訟に、気象庁通り魔事件以降の世間からのパッシング、それに国が動き出した解散請求手続き。
そういった出来事の連続で、追い込まれた教団と教祖Xが、警察の目を教団から逸らし、信者たちに自分が神であることを見せつけるために、今回テロを起こそうとしているそうなんです」
「狂ってるぜ」
心の底から湧き出た本音。
「狂ってるからこそ、カルトなんです。
内通している信者によると、幹部たちは平成7年に起きた地下鉄事件より、更に甚大な被害の出るテロを計画しているそうで、公安だけじゃなく、末端の捜査課も毎日神経をすり減らしている状況ですよ。
もちろん、鷹村警部も僕も例外じゃあ、ありません」
今から30年以上前の平成初期、終末思想とともに勢力を拡大したカルト教団。
単なるヨガクラブに過ぎなかった彼らが、殺人すら厭わない狂気を身に纏い、その果てに起こしたのが、平成7年3月20日に発生した地下鉄事件だ。
首都東京の地下鉄数路線に、化学兵器をばらまいた世界犯罪史上類を見ないテロである。
が、以降日本では米国9.11もあり、テロに対する警戒は欧米のそれに追随するほど厳しくなってきた。
「ん~。 まさかだけど、カルトご自慢の“この世終わりますよ詐欺”なんじゃないの?」
碧がそう思うのも不思議ではないが、鷹村は緩いトーンの彼女とは逆に真剣だ。
「どうやら、ハッタリではなさそうだ。
倉門君の説明にもあった、例の内通者からの情報だそうだが、今朝早く、教祖Xが緊急の予言を行ったというんだ」
「予言ですか」
「岐阜羽島に連中の修行場を兼ねた寮があるんだが、そこで午前四時に、信者全員を叩き起こしてな」
「私なら、低血圧でブチギレてそう」
「教祖は声も変え、全身を白装束で隠し、依然正体は不明だったそうだが、その予言ってのが、数日以内にカタストロフィの序曲がはじまる、そういった内容だったらしい。
これが、その予言だ」
鷹村が手渡したスマホを見ると、そこにはメールの文章だが、予言の内容が、このように書かれていた。
~獅子の降り立つ不浄の街。 欲望と嫉妬に狂いせしこの地に、ゴモラの雷が降り注ぐとき、人々はその身を骨まで焼き尽くされ、冥界へと落ちていくであろう。
ガブリエルの笛が吹き鳴らされ、世界は遂に終末の刻を迎えるのだ。
恐れおののけ。 そして見よ。 我らの信ずる神が救済と礎となる瞬間を~
「なるほど……まるで中二病花盛りの、クッソ恥ずかしいポエムですねぇ。
カクヨムにでも投稿すりゃあ、PVのひとつでも貰えるでしょうに」
「違いねぇ。 俺と警視総監で、少なくとも2PVは堅いな」
「アンタも読むんかい」
まったく非現実的な一文だ。 碧がジョークを飛ばすのも至極当然なことだろう。
スマホを返すと、鷹村は話を更に続ける。
「話を戻すぞ。 警察庁は、この獅子の街というのを、タイガースの本拠地がある兵庫をさしていると断定して、警戒に当たっているそうだが、今のところ不審物も、怪しい人物の情報も浮かんでこない状態だそうだ。
それ以外の県警にも教団施設を警戒するよう、お達しが来ていて、俺たちもこうして京都中をパトロールしているって訳だ」
「その中で、瑞奉寺が私たちへ依頼をしたことをつかんだ……というわけですか」
そうだ、と鷹村は相槌を打ち、説明をそのまま進めた。
「瑞奉寺をはじめ、関西周辺の教団施設を、公安が24時間体制で監視し続けているが、確たる証拠は全く出てこない。
なんせ、教祖Xの正体すら謎なんだ。 テロの証拠なんて、わかりっこない。
そこに、天使運輸の登場ときた。
君たちの仕事が、結果としてテロ計画に関与する形になるやもしれんのだ。
分かったなら、手を引け。 神崎」
老婆心ながら心配してくれてるのは分かるのだが、依然として碧には、実感が沸かない。
コトリバコなるオカルトチックなものを運んでくれと頼まれたら、関西を壊滅させるほどのテロに加担しかけているというのだ。
「テロ計画かぁ」
こっちの方が予言より、よっぽど中二チックで、ラノベ向きだろう。
怪しいのは重々承知だが、警察に言われて動くのも癪だ。
――その時。
「テロ……警察……まさか!」
碧は表情をこわばらせ、ポケットから折りたたまれた“最適ルート”を取り出し、改めて見直した。
この意味不明なルートに隠された、真の意味。
「……ああ、そうか……そうだ! そういうことだったのか!!」
「いきなりどうした、神崎」
唐突にこわばった声を出した彼女に、流石の鷹村も狼狽した。
「警部、先ほどの予言を!」
そう叫んだ碧に、鷹村は素直に従い、スマホを手渡した。
強引に受け取った碧は、予言の書かれた画面と、万念が示したルートを素早く、目をカッと開きながら交互に見渡した。
「警部、彼女なにを?」
「分からんが、アイツのアタマは並大抵のもんじゃないぜ。 俺たち警察を軽々と出し抜くことだってあるんだ。
だから俺は、天使たちと組む方を選んだのさ。 懲戒も覚悟の上でね」
鷹村と倉門も、振り返ることなくルームミラー越しに、真剣な碧を見ていた。
1分もたってないだろうか。
碧は息を吐いて、スマホを再び鷹村に返すと打って変わって、真剣な目つきで彼を見ながら訴えた。
「教団のテロは、明日実行されますよ」
「なんだと!?」
「それも、警察庁の予想する兵庫は完全に的外れだ。
このままだと、大勢の人間が殺される!」
「どうしてそんなことが分かるんだ!」
予想外の“予言”に困惑し迫る鷹村に、彼女は口元を緩ませて自信満々。
「分かるんですよ! その理由を話してもいいですが、この先は貸し借りナシです。
鷹村警部、いえ、京都府警にお願いがあります。
我々の仕事を完璧に遂行するため、いや、関西2千万人の命を守るために……私と“天使同盟”を結んでいただきたい!」
「警察に向かって、自分たちを見逃せ……と?」
「ふふっ」
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