6, 条件 ~万念のルール ~
「ひとつめに、移送ルートはお寺が用意したルートを走ってもらうことです。
万が一事故が起た場合、周囲の人を巻き込む可能性があります。
そうならないよう、我々の方で最善のルートを用意しました。
お二人には、そのルートを厳守していただき、途中ルート変更が起きた際にも、我々寺院関係者の指示に従ってほしい」
「……」
2人は無言で、万念が示す条件を聞いていた。
指定するルートを走れというのは、変な条件ではない。 むしろ多いくらいだ。
「ふたつめに、輸送車は寺が用意したものを運転していただきたい。
千早縁納寺にも協力していただき、コトリバコを封印した状態で運べる車を手配しています。
天使運輸さんの方も、多種多様な車をお持ちだと聞きましたが、今回は運ぶモノがモノですから、申し訳ありませんが」
「その車の車種を、できればわかる範囲で教えていただけますか?」
すかさず碧が聞いた。
「確か、トヨタ ハイエースだったと。 横窓のないパネルタイプの。
どう言えばわかりやすいですかね。
パン屋とか弁当屋が配達に使ってる、アレです」
「ありがとうございます。 その説明で、大体分かりますよ」
用意した車を使えという条件も、ありきたりだ。
まれにだが、クラシックカーを運べとの依頼も入る。 その際は依頼人が用意したキャリアカーを運転したり、車を自走させることもある。
なんの変哲もない。
さて再び、万念の話に戻るのだが、この条件だけは奇妙すぎた。
「最後に、午前0時13分出発、これを厳守していただきたい」
「13分?」
なんとも中途半端な。
「まあ、これには深い意味はないのですが、言うなれば住職がいつもしているゲン担ぎです。
うちの住職は妙なクセがありましてね、何時ジャストというのを非常に嫌うんです。
なんでも住職がまだ駆け出しの頃、四十九日のお経をあげにいった際事故にあって、時計をパッと見た時が4時ジャストだったそうでしてね」
「死を連想した。 といったとこですか?」
「ええ。 以来、法要も枕経も、ジャストの時間から少しずらすようになったんです。
気にし過ぎだと思うんですが、守らないと住職に何を言われるか……以上の3つを守っていただけますでしょうか」
奇妙なものではあるが、これといって危ない条件ではない。
ゆっくり息を吸い、答えようとした碧を、澪は遮り胸に手を当て、自信満々に言い放つ。
「もちろんですよ! これだけの依頼料をいただくんですから。
危険は承知の上です! 危ない橋なら、何度もわたってきました!
十分似合う仕事を、この澪と碧、きちんとさせていただきます!」
「ありがとうございます。
……こちらが、そのルートを記した地図です。
もう一度確認ですが、出発は日付の変わって、明後日午前0時13分。
あの駐車場に完全防護の車を用意いたしますので、その車でコトリバコを運んでいただきます。 よろしいですね?」
再び袈裟の懐から万念は四つ折りの紙を取り出した。
手を伸ばした碧が、それを受け取ると片手で紙を開き、記されていたルートを流し見。
「ええ。 確かにお引き受けいたします」
ゆっくり会釈をした彼に、碧は、ああ と相槌を打って、こう続けたのだ。
「そのコトリバコなんですが、見せていただくことって可能ですかね?」
その瞬間、澪も万念も、表情が固まった。
目も口もぽかんと開ききって。
「え、ちょっと、碧! 話聞いてた!?
人を呪い殺すヤバイ箱なのよ? そんなもの見せられるわけないじゃない!!」
慌てふためく相棒に、碧はぎろりとさすような眼差しを送る。
「私たちがこれから何を運ぶのか、そいつがたとえ、死体だったとしても、ブツを実際に目で見て確かめる。
いつもやってることじゃないか?
たった二週間のブランクで、そんなことも忘れたんじゃないだろうねぇ」
「いや、そうだけど……」
分かっている。 分かっているのだが……。
呪いという言葉を前に、いつもの確認にすら抵抗する澪。
万念の言葉は、援護射撃となった。
「澪さんの言う通りです。 コトリバコは非常に危険な箱です。
位牌堂に封印してはいますが、それでも仮の状態。 危険であることに変わりはないのです。
先ほど説明した通り、コトリバコを持ってきた檀家さんは、帰らぬ人となりました。
これ以上の犠牲者を出さないためにも、コトリバコを人様に見せることはできないのです。 どうか、ご理解ください」
まあ、そのとおりだ。
呪いのかかったものを、ホイホイとみせるなど、封印した僧侶がするはずもない。
しかし、碧は最後にこれだけ、と言って、更に質問を切り出した。
「その檀家さんなのですが、個人情報までは結構です。
答えられる範囲で、どういう方なのか、お教えいただけますか?」
「それが、移送と何の関係があるんです?」
万念は初めて、碧に対し訝しむ様子を見せた。
「念のためです。 性別だけでも構いません、答えて下さい」
「……」
「パンツを脱がさないと、相手の性別かわからない、なんことないですよね?」
一歩も引かない彼女に、万念は腕くみしながら言った。
「若い男性ですよ。30くらいのね」
「男性……ですか?」
「疑うなら、その事故の記事を調べなさい。
兵庫の高速道でおきた、単独事故です。 車ごと丸焦げになって、無残なものでしたよ」
「ありがとうございます。
すみません、無礼な質問をしてしまいまして」
軽く頭を下げると、碧はすっと立ち上がったが、なぜか万念を見ることは無かった。
「それでは明日深夜、再びこちらのお寺に参ります。
変更があった場合は、速やかに名刺の電話番号にご連絡をお願いいたします。
失礼」
澪もまた、頭を下げると、封筒を手に立ち上がり、碧の後を追った。
本堂を後にする2人。
万念は、見送るどころか立ち上がることもしなかった。
「
二人の車を追いなさい。 変な真似をしたら……その場で殺して構いません」
ただ出ていったガラス扉を、能面のように表情のない顔で睨むように見つめるだけ。
先ほどまでの話好きで優しい僧侶の姿は、そこにはなかった。
「我々の計画の最終段階です。 ぬかり無きよう」
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