5, コトリバコ
――2000年代、インターネット黎明期。
掲示板を中心に、様々な怪談話が投稿され、人々の間で拡散されていった。
いわゆる、
見ると精神に異常をきたす生命体「くねくね」や、終電車に乗って異世界の駅に迷い込んでしまう「きさらぎ駅」など、様々な怪談話や魔物が誕生、急速に拡散されていった。
その中でも、伝統的な恐怖話や土着民俗が織り交ざった“名作”として語り継がれているのが、コトリバコというお話と、それに登場する呪物だ――。
「ご存じかもしれませんが、コトリバコは古今東西の呪物の中でも、とりわけ危険であるとされるものです。
その場所に置いておくだけで、周囲の人間を呪い殺す、そんな代物です」
「〇ースノー〇ットみたいなものね」
「もうちょっと、まともな例えはないのか、澪」
とまあ、2人のボケは置いといて。
「そんな危険なものが、どうしてこの寺に?」
咳払いして言い放った碧の疑問に、万念はつづけた。
「10日くらい前のことです。 このお寺の檀家さんが、夜も更けようとした頃に電話をかけてきましてね――」
と、やはり長話が大好きなのは僧侶という職業故か、それとも彼自身の性か。
まあ、どのみち、依頼のためには必要不可欠の情報なのだが。
10分ほどかかった万念の話を要約すると、次の通りとなる。
島根にある檀家の実家から、血のりのついた奇妙な箱が見つかったのだという。
その形状などから、幼少期より伝え聞いていたコトリバコなのではないかと、その檀家は推測。
懇意にしている瑞奉寺に、お祓いをして欲しいと依頼してきたのだ。
ところが、京都へコトリバコ運んできた檀家本人が、直後、実家へ帰る道中に交通事故で他界。
お祓いをしようにも、瑞奉寺の関係者や、参拝に来た檀家にも、体調不良を訴えるものが続出する始末。
万念は、住職に指示を仰ぎ、本堂や墓地から一番遠い場所にある位牌堂にコトリバコを安置、三日三晩お経を唱え続け、一時しのぎではあるものの封印に成功したという ――。
「封印できたのなら、それで大丈夫なんじゃないんですか?」
澪の素朴な疑問はもっともだ。
全ては完結している。 今回の依頼に、どうかかわってくるのか。
「今話した通り、封印は一時しのぎ。 呪いのチカラを弱めただけに過ぎません。
コトリバコは幕末から明治にかけて、ある地域に逃げ延びた侍によって伝えられ作られたものとされています。
その伝聞通りなら、蓄積された百年以上の怨念や憎悪は、かなり強力なもの。
うちのような場末の寺に、残念ながら祓う力はありません」
「つまり別の、修行を積んだ徳の高い僧侶がいて、こういうお祓いに対して場数を積んでいるお寺で、コトリバコを無効化する必要がある。
そういうことですね?」
そのとおりです、と万念はゆっくり頷いた。
なるほど、チカラが弱まっているうちなら、運び出しても問題ない、とかんがえたのか。
「今回依頼したいのは、このコトリバコを完全に封印するため、大阪にある、うちの別院まで運んでほしいというものなのです。
抑え込んだチカラが、元に戻る前に、可及的速やかに」
「大阪ですか?」
「はい。
時間は明後日の早朝、日の出前。
それまでに、コトリバコを京都から大阪まで、安全に運んでほしい。
天使運輸さんの腕と評判を聞いての、ご依頼です」
そこまで話すと、万念は袈裟の懐に手を入れ、スッと何かを差し出した。
真っ赤な絨毯に映える白い無地の封筒は、両端の折り目が浮き上がるほどに、ふっくらとしている。
碧も澪も、わが目を疑い、大きく見開いた。
「300万あります。 危険な仕事なので、まずは前払い金としてお納めください。
無事、コトリバコを運び終えた際には、更に追加で700万円、こちらも現金でお支払いいたします」
声のトーンが変わらず真剣な表情の万念だったが、一方、依頼料や事務関係を担う澪は、声を上ずらせる。
「えと、つまり、依頼料は一千万円!?」
「そうですが……足りないですか?」
「い、いえいえいえ、そんなこと全然!!」
手と首と両方をぶんぶん振り回し、顔を引きつらせる澪は、バクバクなり続ける心臓を必死で押さえながら、前金の入った封筒をうやうやしく貰い、自分の横へと置いた。
その瞬間、碧は見逃さなかった。
「!?」
万念の口元が緩んだように見えたのだ。
見間違いか?
高揚している澪を横目に見て、碧は彼に聞いた。
「確認ですが、移送するのはコトリバコ。 目的地は大阪府河内長野市にある、千早縁納寺。 で、よろしいですね?」
「はい。 それからコトリバコの移送に関して、私からも3つの条件を天使運輸さんに守ってもらいたいのです」
「条件?」
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