第15話 終わりなき進歩
「どうしてそう言い切れるの」
「私たち琴班の誰かが必ず状況を打破するって、弥生は予見したんでしょ? だったら必ず策があるはず。それが何なのか、私がこの超優秀な脳細胞を使って考えておくから、みんなにはそれまで持ちこたえて欲しいんだ」
「それ、あなたは考えるだけで、他の人は戦って来いって意味?」
「そうなっちゃうね。頼める? それとも、最も新米の私が参戦しないと耐えられない?」
アリスの言い草に、淳奈はムッとした様子だった。
「問題ない。あなたの助けなどなくても」
「良かった! じゃあ私はこれだけやって、後は考え事をしているね! 忍法・切替の術っ」
アリスは六人全員を強忍者モードにした。これで勝率が上がるはず。
「……忍法・
続いて唱えた淳奈の形がぐにゃりと歪み、アリスの隣にはギラギラと光沢を放つ大きな鉄塊が出現していた。
「わあ! 戦車! 見るからにストロング! 殺意が高い!」
アリスは手を叩いた。どうやら淳奈は、鳥になったり小人になったりするだけでなく、本来ならば生命体ではない物にでも変身できるらしい。
「
戦車が喋った。そして絹枝が音速でこちらまで逃げて来たのを確認すると、ドォンと凄まじい音を立てて、敵に鉛玉をぶち込んだ。アリスは被弾した人々の末路を見ないように心がけつつ、淳奈を心配した。
「大砲!? えっ、砲弾はどうやって作ってるの!? ぶっ放しちゃったけど……淳奈の体は大丈夫なの!?」
「大丈夫。何故ならこれは、ネオアームストロングサイクロンジェットパンジャンドラム砲だから……」
「フゥン?」
何ら答えにはなっていないが、大丈夫ならよしとする。
「あたしも久々にやーろうっと。忍法・
「……んん!?」
つまり知紗は、敵の急所を自分自身の体で貫く位置取りで、忍法を解いたのだ。当然、敵は多量の血飛沫を上げて息絶えてしまう。
「あわわわブラッディー……」
アリスは怖くなり、両手で目を塞いだ。いつまで経っても、グロテスクな光景への耐性がつかない。そんなもの、ついてしまったら人間として何か大切なものを喪失するに決まっているので、今後とも慣れずにいる所存だ。
「ひゃっほーい」
知紗は楽しそうに消えたり現れたりしながら、続々と色んな敵にぶっ刺さって行く。凄まじい速度だ。少なくとも一秒に五人は、知紗を生やして死んでいると思われる。何たるスプラッタか。というか敵にも骨とか色々あるだろうに何故知紗は無傷なのか。疑問は残るが、事細かに把握するのも憚られる凄惨さなので、見ないようにするしかない。ホラー映画ならまだしも、現実でこうなってくると、見ている側の精神への負荷が重すぎる。
淳奈と知紗を主力に、絹枝と
何故、自分たちがここに呼ばれたのか。その理由に関しては既に大方の見当は付いている。考えなければならないのは、それをアリスがどうやって実行するかだ。アリスができるかどうかにかかっているのだが、弥生はできると判断した。そして何度も言うようだが、アリスだって、やろうとしてできなかったことなど一度もない。
そう、やり方さえ分かればいい。思考を絶やすな。努力をやめるな。前進し続けろ。文武両道天才万能最強無敵忍者の名に恥じぬ振る舞いをするのだ。
どうやって、どうやって、どうやって。
例えば、そう、この間やったのと同じように、忍術の軌跡を正確に辿ることができれば……。
「あ……!」
アリスが一つ、ひらめきかけた時、プレハブ小屋全体を震撼させるような、凄まじい騎士の気配が広がった。
「うわ」
アリスはギョッとして、咄嗟に防御の体勢を取った。他の忍者たちも、その男が現れた階段から、じりじりと距離を取っている。
「おやおやおや……何やら騒がしいと思えば、忍者の皆さんでしたか。
挨拶はロシア語だったが、他はドイツ語だった。助かる。アリスはロシア語にはまだ手を出していないのだ。
「来た……上の階にいた最後の一人」
淳奈が呟いた。
「多分こいつが一番手強い……」
レプフフンはゆっくりと階段を降りてくる。
「これほどの歓待を受けておきながら、私の方からは何もお返しできず、面目次第もありません。遅ればせながら、心を込めて贈り物を差し上げましょう。ええ、あなた方ならばきっと気に入って頂けるかと。──
次の瞬間──バカデカいカニの集団が床いっぱいに現れた。
少なくとも、世界最大とされるタカアシガニよりは、確実に大きいのではないか。そんな生き物がウジャウジャと数え切れぬほど湧いて出て、床を真っ赤に覆い尽くしてひしめいている。そしてその全てが、両のハサミをバズーカか何かのように持ち上げて、忍者たちに照準を合わせている。ハサミの中には、禍々しく輝く光の玉があった。そこから発せられる凄まじい殺気に、アリスはちょっとだけたじろいだ。あんなのが発射されて直撃したら死ぬどころでは済まないに決まっているし、かすっただけでも大変ミゼラブルな死を迎える羽目になるのがひしひしと伝わってくる。
それはそれとして。
「どうしよう、分からない……」
アリスは呆然として呟いた。
「毒蜘蛛とかならまだ理解できたけど……何でカニなんだろう……?」
「そこ?」
淳奈が呆れた様子で言い、象平は親切にもこう教えてくれた。
「あの騎士はかつてソ連にて、漁業コルホーズで漁をする生活をしていたんだな。ある時、カニがかつてないほどの大漁で、その日はうんと早くノルマを達成できたらしい。その後、数奇な運命を辿って騎士の王国に行ったようだが……彼にとって大量のカニは幸福と成功の証なんだなぁ」
「へー。元は一般人ってこと? 私と同じだね」
「おやおやおやおやおやおやおや」
レプフフンはやや苛ついた様子だった。
「これほどの可愛いカニたちに囲まれておきながら雑談をなさるとは、随分と余裕ではありませんか。良いでしょう、すぐに消し炭にして差し上げます。さあ、
無数のカニたちが一斉にハサミの中の光を解き放ち、忍者たちに向けて殺人ビームを発射した。部屋の中が、天の川銀河に属する恒星を全て一箇所に集めたんじゃないかと錯覚するくらい眩しくなって、とてもじゃないが目を開けていられない。だが攻撃を見切らなければ当たってしまって即死する。アリスは根性で片方の目を薄く開けた。光線に触れないようギリギリまで気をつけつつ上に跳び、窓枠にぶら下がって、新体操選手めいたアーティスティックな海老反りになることで、辛くも難を逃れた。
他のみんなも何とか生きているようだが、ひどい顔色をしている。本当に首の皮一枚繋がったというところなのだろう。とは言え無事で良かった。
しかしプレハブ小屋の方が無事ではなかった。壁に幾つもの大穴が空き、今にも崩れ落ちそうである。このままではここは倒壊して、ヤバヴォックの連中も巻き込まれる。にも関わらず、レプフフンは攻撃の手を緩めない。
「
──そのように、レプフフンが言い終えるよりも早く、アリスは決断を下した。彼に、次の攻撃をさせてはならない。だから今やる。何としてもやる。今ここで限界を超えるのだ。
アリスは、
「忍法・切替の術っ!!」
両手で印を結んだので、アリスは窓枠から落下した。危うくカニの群れに突っ込むところだったが──カニたちは、ちゃんと跡形も無く消えていた。アリスは何とか着地を成功させ、急いで小屋を見回した。
カニは一匹も残っていない。忍者たちは傷一つ負っていない。良かった。そしてレプフフンは……軟体動物か何かのように体がフニャンフニャンになって、階段からずるずると落ちていくところだった。ついでに、ヤバヴォックの他の連中も、ゾンビ化したウミウシみたいに、床に這いつくばってもぞもぞしている。
「あれれー? おっかしいなぁ……」
知紗が呑気に言った。
「敵がみーんな雑魚になっちゃった」
敬兎が恐る恐るレプフフンに近付いて、彼の背中を蹴っ飛ばした。彼は「アバ──ッ……」と力無く鳴いて気絶した。
「何だこれ」
敬兎は気味悪そうに呟いた。
すっかり変貌してしまった敵たちを前に唖然として立ち尽くす仲間たちの元へ、アリスはスタスタと近づいて行き、何が起きているのか教えてあげた。
「それね、
「弱一般人モード?」
みんな、鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとした。ちょっと面白いリアクションだなとアリスは思った。
「何ソレ……何? 何なの?」
「ふふん」
淳奈の問いに、アリスは鼻高々になって胸を張り、仔細を解説してあげた。
「これはね、私がたった今編み出した、切替の術の真骨頂だよ! 私は一般人モードと忍者モードを使い分けられる。強忍者モードにもなれて、強忍者モードを他人に付与することもできる。だったらそれ、一般人モードでもやれるんじゃないかって思ったんだ。つまり一般人モード、更にはそれを下回る弱一般人モードを、他人に付与することが可能なんじゃないかって……いや、できないはずがない、できて当然じゃないかと思ってね。それでやってみたら、できたんだよね! あははっ! やっぱり天才ってどこへ行っても活躍しちゃうんだねー!」
「……反論はしづらいね」
敬兎がどこか不服そうに呟く。もちろん、アリスの言葉に反論の余地などありはしない。単なる真実を述べているだけなのだから。
「そういう訳で今この人たち、塩をかけられて死にかけてるナメクジよりも弱いから。あんまりいじめないであげてね」
「えええ……?」
「こうなっちゃえば、一般人だろうと騎士だろうと何も変わらない、ただの惨めなヘッポコ弱者でしかないよね! この騎士だって、何を言おうがこの大多数の弱一般人たちとおんなじ。どんぐりのたけくらべってわけ!」
「惜しい」
「間違えた、せいくらべ。だからこいつらのことは、ひとしきり忍術でぶっ叩いたら、後は殺さずに縛り付けるだけで充分だよ」
そう、これはおばあちゃんの戦い方を見たからこそ思いついた方法。敵を弱体化させ、後はシンプルに殴る。アリスが最も美しいと感嘆した戦い方だ。
かくして、ポカポカ叩かれた弱一般人たちは、体がぐにゃぐにゃのまま縛り上げられた。尚、目を覚ましたレプフフンは、アリスから腹に柔らかく拳を食らい、顔面を涙と鼻水でベッタベタにしながら情けなく泣きじゃくった。アリスがもう一回拳を握ると、彼は号泣しながら命乞いをした。
「エーン! お願い、何でもするからぶたないでくだちゃい」
「何でもするの?」
「ウン」
「じゃ、縛られて転がされて、当局に捕まるまで大人しくしててくれる?」
「ヒックヒック……分かりまちた……そちたら、ぶたない?」
「多分ね」
「ウッウッ……もう怖いことはちないでょ……」
「分かった、分かった。ぶたないから」
「ぴえぇん」
こうしてヤバヴォックのメンバーは、死ぬか捕まるかで全滅してしまった。象平がソ連当局に連絡をするために一っ走り森を抜けて近場の町を目指した。生き残った人々の回収と死体の処理を要請するのだ。
残った忍者たちと共にアジトを出たアリスは、清々しい気持ちでこう宣言した。
「任務完了! パーフェクト!」
すると同時に偶然、カニのビームでボロボロになっていた小屋が倒壊し大爆発してしまった。
「ウギョワ──ッ!? ビックリしたァ!!」
アリスは前のめりにすっ転び、心臓を一分間あたり一四四回くらいのペースでバクバクさせながらアジトを振り返った。崩れるのは分かるが、爆発とはどういうことか。奴らはどんな危険物を隠し持っていたんだ。
とにかく、中で転がされた人たちが死んでいないと良いけれど……と、アリスは心配になったが、まああれは自爆のようなものだったし、アリスに責任のあることではない。もう任務は終わったのだから、アリスには関係の無いことだ。
……でもやはり罪悪感が消えないので、アリスは一応、敵たちの弱一般人モードを解いてやった。とはいえ縛り上げられた彼らが生き延びられるとは思えない。結局アリスは、間接的とはいえ人を殺してしまったことになる。……胸がひどく痛んだ。この感情をどうすべきかという問題は、天才であっても解くことはできない。この罪をどう償うべきかという問題もまた然りだ。
それに加えて、壊れた小屋が炎上を始めてしまった。こうなってはもう、中の人々は、蒸し焼きになるかこんがり焦げるかになってしまうだろう。……諦めるしかない。
「……」
こうなってしまったのは、アリスが、
世の中にはまだまだ、知らないこと、学ぶべきこと、考えなければならないことが、地球上の全ての海の水を余さず汲んだとしても遠く及ばない程に、際限なく存在している。その壮大さに比べれば、アリスはまだ生まれたてのプランクトン同然。何でも分かっているようでいて、まだ何も分かっていない。
学ぼう。もっといっぱい。自分がなるべく善き行いをできるように──なるべく人生を楽しく送ることができるように。
……それはさておき、この炎がタンツユシー・レスの貴重な木々に延焼して山火事になると、被害は甚大なものになる。アリスたちは小屋の周囲に生えている踊る木々を短剣で伐採しておいた。草むしりも念入りにしておいた。
かなり広範囲に渡って木を伐ったので、多くの踊る木々が失われてしまったが、森が全焼するよりは遥かにマシであろう。そう自分に言い聞かせながら、アリスは、切られてしまったぐねぐねと曲がりくねった形の樹木を見つめた。まあそもそも敵が小屋を幾棟も建てた時点である程度の本数が犠牲になっていた訳だし、その小屋の一つが焼けたのだって敵が無茶な戦いをしたからだ。アリスたちはさほど悪いことはしていないはずである。
──帰ろう。
いつまでもウジウジ悩んでいるなんて、それこそアリスらしからぬことだ。早く気を取り直して、忍者の国に帰って、心愛に戦果を報告しよう。
それからきっちり反省して、ちゃんと考えよう。
これからアリスがどうやって生きていくべきか。何を学ぶべきか。何を成すべきか。
アリスがまた、心の赴く方へと、一歩を踏み出すことができように。
目標が定まったことで、アリスはほんの少し前向きな気持ちになれた。アリスは顔を上げ、仲間たちの背を追いかけた。
これにて本当に任務完了。お疲れ様です。よくできまちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます