第24話 林檎のリン

「皆様お疲れ様です。」

「ハァ……ハァ……。」

「フゥ……」

「あそこへの入り方も分かったし、俺達がどう入ればいいのかが分かればいいな。」


『怒羅』の店にて、快斗たちは草薙剣を取り戻すための作戦会議をしていた。原野と高谷は、兵士から逃げ切るときに消費した体力がまだ回復していない。


「お前らまだハァハァ言ってんのか。」

「あれ程の運動で息切れしないお前は凄いよ……。」

「意外とあの兵士足速かったし……。屋根の上を駆け回るなんて……」

「お前ら、息切れしてるけど、途中から俺が抱えて運んだんだからな?」


兵士から逃げる途中、高谷と原野の体力が尽きて、途中からは快斗が二人を脇に抱えて逃げ回っていた。


「まさかあんなに追ってくるとは思わなかったけどな。隠れても何故か場所バレるし、『分身』でなんとか撒いたけどよ。」

「あの兵士の索敵能力すごいよね。」

「いや、多分あの兵士が見つけてたんじゃないと思う。」

「え?」 

「ああ。多分、誰かが知らせてたんだと思う。俺は『影化』っていう隠蔽能力も持ってんだけどさ。隠れてるときにそれを発動してたんだよ。なのにバレた。」

「あの兵士にそこまでの技量はないと思う。それに、あいつが俺たちの前に立ったときに少し立ってから急に振り向いて攻撃してきたろ?誰かから情報を得ているみたいだった。」

「俺たちを見つけて追いかけ続けられる奴が、俺達をつけていたってことだ。だから多分…………。」 

「ここも、バレている可能性があると?」

「多分な。」

「ええっ⁉どどど、どうするんですか⁉私の初の私店なんですよ⁉協力しているとバレたら死ぬんですけど‼」

「とにかく、早めに行動しねーと。」

「そうだな。今も見られてるかもしれないしな。」


飲み終わった酒入れを机において、快斗が

冗談めかしで言う。完全に冗談とも取れない言葉に、高谷が苦笑いをして、原野が項垂れる。


「では、どう致すのですか?」

「そうだなぁ。まず、俺の剣があそこにあるかどうかは分からないんだよな」

「でも、クレイムはここに売ったって言ってたんだろ?」

「ああ。だからあそこにあるとは思うけど、まだ届いていないって言う可能性も……いや、時間的にそれはあり得ないか。」

「じゃあ、あの中にあるって事だな。」

「確実じゃねぇけどな。」


快斗は目を瞑ってからすこし考えたあと、


「それを確かめに、ちょっくら行ってくるぜ。ついでに、あの鍛冶場の鍵も手に入れてくる。」

「え?どこに行くの?」

「ああ。まぁ、あえて言えば人助けだ。ここから近いし、今の俺ならすぐに終わるからよ。飯までには帰ってくるから。」

「了解。気をつけろよ。」

「お気をつけて。」

「気をつけてね。」

「ここに泊まっているってバレないようにしてくださいね。」

「変装するからダイジョブだっての。キューも居るし、任せろって。」

「キュイ‼」


フードから顔をひょこっと出して、キューが威勢良く鳴く。原野が抱きしめようとするが、快斗に庇われて不可能だった。


「んじゃ、いってきまーす。」

「「「いってらっしゃーい」」」


全員に見送られて、快斗は扉を開けて飛び出して行った。


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セシンドグロス王国の東の辺り。紅く光る最高級の宝石、ルビーの採掘場。そこで働かされているのは、


「ハァ……ハァ……。」

「もう……無理……だよぉ……。」

「おら‼くっちゃべってねぇで働け‼」


そこら付近に住む貧民達。その地域を取り締まっているのは、鍛冶職人の一人のベリルである。


「ふむ……。売上に稼ぎは上々。メサイアの兵士を騙すのも容易い。世の中余裕だ。ハッハッハ‼」


王国では、民を権力のある物が奴隷のように働かせるのは禁止されている。内容は主に給料配布、衣食住の提供が厳則とされており、これを守らなかった場合は、金貨30枚の罰金、もしくは10年の牢獄生活となる。


しかし、ベリルはその厳則をことごとく破っており、衣食住のうち、提供しているのは住のみ。その住というのも、ただの布を引いた共同空間であり、プライバシーの欠片もない。


給料は配布されず、毎日何人もの貧民達が倒れていく。しかし、一度もメサイア兵士の審査には引っかからずにいる。ずる賢さは随一なのだ。 


「この調子で金を集め、国に献上し、最高鍛冶職人の座を奪い取り、そして、あの未知なる魔剣をわがものに……ん?」


ベリルが自室で妄想をふくらませる中、不意に妙な感覚に襲われた。なんとなく、本当になんとなくだが、静かすぎる、とそう思ったのだ。


ドアにつけられている窓から、見えるはずの見張りを探す。しかし、その姿は見当たらない。


「な、なんだ?おい。どこにいったのだ?」


ベリルがそう言いながら、門番を探そうと外に出た瞬間、


「よっ‼違法鍛冶職人。こんなところに隠れてたのか。」  


真上から、ベリルの目の前にひょこっと顔を見せて笑う少年、天野快斗が現れた。


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その時の事は一生忘れられない。壮絶なトラウマがあり、それを超える壮大な何かを感じた。極悪人から、受けたことを、彼女は忘れない。忘れさせてくれない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「ハァ……ハァ……。ううぅ……。」


採掘場の入り口付近。その中で今にも死にそうになって働いている少女がいる。周りには、同い年の少年少女が倒れている。息をしていない者も多数。


その真ん中で、ひたすら石の入ったバケツを運んでいる。少女が持つにはあまりにも無理がある重さのそれを、彼女は救われると信じて運び続ける。外へ出で、少し先まで行って崖の上まで来てから、その石を投げ落とす。


「これで……終わり……じゃあ……次…ハァ……。」  


そうして、少女が引き返そうとした瞬間、


「…………あれ?」 


彼女の体に、ふと、力が入らなくなった。少女は全身の力が抜け、立つことができなくなり、その小さな体をフラフラと揺らす。そして、


「ハァ……あ……‼」


吹いてきた強風に押されて、途端、浮遊感。何も抵抗は許されずに、その華奢な体が、下へ下へと落ちていく。


(あぁ……もう……終わりなんだ……。)


そう思った。しかし、何故だか恐怖心を抱かなかった。それは今までの、生まれたときからの苦しみから、


「やっと……解放される……‼」


そうして、笑顔で落下していき、地面に衝突する寸前、


「…………あれ?」

「別に死なないと解放されないってわけじゃねぇぜ。」


景色がぴたっと止まったことに不思議がって、少女が上を見ると、その細い足首を掴んで微笑んでいる、翼の生えた少年。否、管理人たちが話していた特徴にピッタリと当てはまる悪魔が、少女のことをじっと見ていた。


「…………ひ……‼」 

「なんもしねぇよ。多分、俺の見た目にビビってんだろ?大丈夫だ。俺はお前らを助けに来た。魂食ったり、殺したりなんかしねぇ。ここに誓ってやる。なぁ、キュー。」

「キュイ‼キュイキュイキュイ‼」


その肩から顔を覗かせる小動物、キューが返事をする。


「んじゃ、今からお前を苦しめてきたクソ野郎をぶちのめしに行くから、その場所まで案内してくれな?管理人たちは俺に任せろ。」 


そう言って、悪魔がゆっくりと上がっていき、崖の上に優しく少女をおろした。


「え……え……。」

「まぁ、テンパるのも無理ないよな。ほら、これ食えよ。ここに来るまでに、市場から盗んできた林檎だ。」 

「あ……。」


悪魔が少女に一つの林檎を渡す。その目つきは悪魔のものとは思えないほど優しげな瞳。そんな眼差しを向けられたことのない少女は少し戸惑ったあと、林檎を見つめて、


「食べて…いいの?」


上目遣いで悪魔に聞いた。


「おう。いいんだぜ。キューの固有能力全開で選んだ一級品の林檎だ。おまけに腹が減ってるってなれば、かなり美味いだろーな‼ほら、食えよ。」  


その言葉を聞いて、警戒心も何もなしに食欲に負け、勢いよくかぶりついた。教育も何も受けていない少女の食べ方は、野生の一言だった。その光景を痛痛げに見つめたあと、悪魔は聞いた。


「譲ちゃん。名前は?」

「…………分かんない……。覚えてない……。」


小さくなって答える少女。まだ物心つく前に奪われた両親のことを考えながら悲しむ少女を哀れに思いながら、悪魔はこう口にした。


「じゃあ林檎食ってるから、譲ちゃんはリンって名前な。」

「…………リン?」

「そ。林檎のリンだ。どうだ?我ながら素晴らしい名付けセンスだと思わないかい?」


誇らしげに胸を張って、悪魔が綺麗な顔を向けてくる。そのおかしな光景を何故だが、面白く感じて、少女、リンは笑う。


「リン……リン……。」

「そ。リンだ。譲ちゃんは今日からリン。そう名乗るといい。」


リンはその名前を大切な物のように連呼したあと、黒く汚れた顔を上げてこう言った。


「お兄ちゃんの、名前は?」


悪魔はその質問にニッと笑って、


「快斗。天野快斗。魔神の一番の駒だ。よろしくな。リン。」 


ゆっくりと、リンの頭を撫でて、優しく答えた。撫でられた感覚と、受けた事のない大きな優しさに、リンの目尻が濡れ、いつの間にか、


「あ……。」


目から涙を流していた。それは止まらず、今まで管理人に怒られぬよう、必死に我慢してきたこと。それはもう得意な事のはずなのに、何故だが止まることを知らない。


「あれ?……あれ?」 


目の前の人にも怒られてしまう。そう思って必死に止めようとするが、むしろ今まで以上に溢れてしまう。


「おいおい。」

「ひ……」


快斗が何か言おうとしたとき、リンは目をつむってこれから来るとおもられる衝撃に耐えようとした。しかし、


「そんなに泣いちまったら、せっかくの綺麗な顔が台無しだろ?こういうときは、まぁ泣いてもいいかもしれんが、できるだけ笑え。笑って楽しく生きろ。それがお前の義務だ。」


優しい声音で言いながら、リンの顔を懐から取り出したタオルでぐしゃぐしゃと拭いた。


黒い汚れと涙が拭き取られて、誰にも見向きもされなかった美しい顔が曝け出される。


「お。いい顔してんじゃねぇか。ほら笑ってみろよ。」


笑いながら行ってくる快斗に、何故だか答えようとしてしまう自分に困惑しながら、リンはどうすればいいのか考えた。そして、目の前の快斗と同じ顔をすればいい。そう思った。そして、


「…………へへ。」


すこし照れながら、にっこりと、人生で一番清々しく笑った。

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その時の事は一生忘れられない。壮絶なトラウマがあり、それを超える壮大な『優しさ』を感じた。極悪人から、『優しさ』受けたことを、彼女は忘れない。忘れさせてくれないのではない。絶対に、忘れたくない。そう、思ったのだった。

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