第19話 クレイムとの戦い2

先程まで目の前にいた快斗が、今はクレイムの見る左肩の上に浮いてクレイムを見ている。その口に加えられた肉。白い布に通されており、片方の端からは、大量の血が流れ出ていた。


「ぐおっ⁉」

「今更痛がるなよ。」


左肩を抑えながら、クレイムが快斗から距離をとって苦痛の声を漏らす。快斗は、咥えている腕を捨て、指の骨を鳴らすと、


「油断すんなよ。俺はさっきの3倍くらいは強くなってんぞ。」

「くっ……」

「俺の能力は把握したんだろ?」

「う……お恥ずかしい。ハァ………正直想像以上でした。まさか……腕をもぎ取られるとは。」

「もぎ取ったんじゃなくて噛み切ったんだけどな。」


血のついた犬歯を見せながら、快斗は腰に手を当て、余裕そうに見下ろす。


「まぁいいでしょう。」


そう言うと、クレイムは立ち上がり、


「む」


高速で残った手を伸ばして快斗の首を狙った。当然快斗にはその攻撃が見えている為、余裕で躱す事ができたが、速度は先程よりも上がっている。


「油断していたようです。行きましょう。」

「ハッ‼来い‼」


クレイムの伸ばされた脚が快斗の顔の横に迫る。左腕で防ぎ、懐に飛び込もうとするが、鉤爪を突き上げられ、目論見が防がれる。


その突き上げた腕を、その勢いのままクレイムの体の周りを一周して、快斗に襲いかかる。更に伸びた爪でその鉤爪を弾く。着地と同時に地面を蹴り、クレイムの脇腹に蹴りを入れるが、逆方向の足で防がれ、ぶつかりあった衝撃波が吹き荒れる。


瞬時に離れ、高速で鉤爪と爪をぶつけ合い、火花が散る。クレイムは腕を鞭のようにしならせ、連続で斬撃を快斗に叩き込む。


『瞬身』を使ってすべてを躱す快斗。しゃがみ、跳び、回転、右に、左に。徐々にクレイムに近づいていく快斗を見て、クレイムに少なからず焦りが生じる。


鉤爪に魔力を流し、鉤爪が白く光る。クレイムは咄嗟に飛び上がり、縦に回転しながら、後ろから快斗に斬撃を放つ。


紙一重で体を横にずらし、その腕を掴む。かぶり付こうとしたとき、


「『聖火』‼」

「チッ……。」


クレイムから神聖属性の炎が放たれた。それを『炎槍』で貫き、腕から離れる。『炎槍』を躱したクレイムは着地した瞬間回転して快斗の首を狙うが、躱される。


「ハァア‼『炎槍』‼『炎槍』‼『炎槍』‼」


快斗は空中に3つの『炎槍』を発動し、それを引き連れてクレイムに突進する。クレイムもそれに応えて突進し、ぶつかり合う寸前、快斗が止まり、空中の『炎槍』を放つ。


至近距離の魔術攻撃。それらを魔力を流した鉤爪で全て弾き、快斗を狙う。が、一瞬で後ろに移動される。


それに気づいて、鉤爪を後ろに回すが、更に前に回り込まれ、大きな隙が生まれる。快斗が『剛力』が発動された足で、クレイムの鳩尾を蹴り飛ばす。


吹き飛ぶクレイム。その先に回り込み、くの字に曲がった背中を上に蹴り上げる。更に先に回り込み、拳を叩きつけようとするが、クレイムが回転して、鉤爪が顔に迫る。同時に回転して回避。その反動で、クレイムの頭を掴み、『空段』で地面に向かって高速で跳び下りる。掴んでいるクレイムの顔を、快斗は地面が割れるほどの勢いで叩きつけた。


舞い散る血飛沫。鼻の骨はへし折れ、前歯は数本折れ、目は左目が潰れる。


「く……は……」


そのクレイムの脇腹に蹴りの追撃を放ち、その先に先回り。もう一度上に蹴り上げ、少し上に先回り。


「く……これで最後です‼全力を叩き込みます‼」

「む」


クレイムの体を白い光が包み込み、膨大な魔力が失った腕を型どり、左腕を顕現。クレイムの足裏に平らな白い光が生まれ、足場として、クレイムは全力で跳ぶ。


今までに無いほど高速なスピードで、快斗の肩口を抉った。快斗は、その攻撃が見えていたものの、躱すことができない。


更に足場がいくつか生まれ、クレイムが連続で飛び回り、快斗の体を引き裂いていく。常人から見たら、白い閃光の中に、悪魔が傷つきながら浮かんでいるように見えるだろう。いっそ幻想的とも言えるその光景だが、中心に居る快斗は、少しずつ傷ついて行った。


「ラァ‼」


全力で『瞬身』を使い、応戦を試みるが、クレイムの速度を上回ることが出来ず、斬り裂かれて行くばかり。いくつかは防ぐ事はできるが、一撃一撃が重いため、押し返されてしまう。


「チッ‼『魔技・怨念の濁流』‼」


快斗を中心に、大量の腕でできた濁流が発生する。怒りと破壊の念に満ちた濁流は、周りを跳び回るクレイムを握りつぶそうと襲いかかるが、


「直線・香車の鞭」


クレイムが後方に長く伸ばした腕を一直線に濁流に叩きつけた。一つ一つ腕が粉砕され、濁流に小さな穴ができる。足場を作り出して、クレイムは絶対範囲攻撃を潜り抜ける。


「なっ⁉」

「一前・歩の攻」

「ぐっ⁉」


クレイムは快斗の目の前まで迫ると、鉤爪を独特の構えで引き戻し、鳩尾を狙ってすばやく突き出す。快斗は『瞬身』で体をずらすが、鉤爪は右脇腹を抉り、快斗は血飛沫を上げる。


快斗は回転してクレイムの頭を蹴ろうとするが、一瞬で離脱され、当たらずに空を切る。

快斗がクレイムを探すと、真上から猛烈な死の予感が。


「『魔技・地獄の門番ヘルゲートキーパー』‼」

「縦横・飛車の突」


快斗が展開した真っ黒な大盾に、白く太い閃光が、真上から突き刺さった。ズシリと重い衝撃が走り、空中から地面まで落とされる。


足が地面に突き刺さり、大きなヒビが入る。骨が軋み、支えている腕が折れかける。


「ハアアアアア‼」

「よく耐えましたね。この技を凌いだのは悪魔の中であなたで二人目です。」

「マジで?俺の他にもう一人いんの?そんなに強い悪魔が?」

「ええ。今は存在していませんが。」


クレイムがそう言って、再び姿を晦ます。白い閃光がほとばしる中で、快斗の体は少しずつ傷ついていく。


指、首、足、スネ、顔、腕、肩。切り傷がいたるところに生まれ、徐々に深くなっていく。そんな中で、快斗は苛つき始めた。


決定打を考えるが、それと言ったものも、策もない。ただ、相手のペースに乗っているだけの自分に苛つき始めていた。


何を用意すればいい?どんな攻撃をすればいい?どう捕らえればいい?どう動けばいい?そんな疑問が快斗の頭脳を支配する。目が周り、痛む切り傷に苛つきながら、快斗はある考えに思い当たる。


「もう面倒くせぇ‼全力で殺しにかかってやらァ‼」


快斗は吹っ切れたように、溢れ出る魔力を凝縮して魔術を行使する。全身に『剛力』を発動。全身が黄色く光り、黒い魔力が更に黒く深くなる。快斗は苛つきにより、地面を思いっきり踏み込み、魔力を高める。


体が馴染もうと震えだし、耐えきれない古い細胞は次々と死滅していく。そして、完全に若くなった体を持ち上げ、快斗は白い閃光に目を凝らす。先程まで見えるだけだったクレイムの姿が、少し遅く見える。


それは、快斗の左目、赤い目の瞳が縦になっている事が原因である。猫のような眼光を向け、死にものぐるいでクレイムを視線で追う。


目からは血が流れ、口からは歯を強く噛みすぎて、歯茎から血が出ている。


その痛みに更に苛つき、快斗の怒りは最骨頂となり、赤い目が新たな固有能力を作り出す。それは、『スカーレット』。


世界が赤く映り、生命が宿る部分が青く映る。それも、スローモーションで。


「ラァ‼」

「ッ⁉」


快斗は前触れもなく、背中に斬撃を入れようとしたクレイムの顔面を殴った。


クレイムは驚いたが、再び快斗の周りを走り回り、頭上から斬撃を放った。しかし、快斗はこちらを見ずに、爪と最小限の動きで受け流す。


急に動きが良くなったことに瞠目するクレイム。すると、快斗がゆっくりと顔を上げ、目があった。瞬間、クレイムの背中に寒気が走る。快斗は、口が裂けそうなほど笑っていた。


「ッ⁉」


途端、クレイムが空中で動けなくなる。走る体勢でピタッと止まり、思考はできるものの、体は全く動かない。まるで彼だけ時間が止まっているようだ。


これは快斗の固有能力、『スカーレット』により、向上した魔力操作により、快斗特有の黒い魔力でクレイムを捕らえたのだ。


ゆっくりと笑いながら歩いてくる快斗を見て、クレイムの額に汗が流れる。動かそうとしても、体は言うことを聞かない。


「やっと捕らえたぜ。」


快斗は静かに、しかし嬉しそうに宣言する。クレイムの目の前に仁王立ちする。


「な……いきなりあなたの能力が上がったようですが………。」

「ストレスって人間を一番動かす感情だと思う。」

「…………なるほど。やはり悪魔は図り知れませんね。あのときは圧倒的に有利だったというのに。今ではこんな……不格好で。」


クレイムは悔しそうな表情で快斗を見つめる。快斗は、「フン」と鼻を鳴らすと、


「お前はもう死ぬ。」

「ええ。」

「その前に一つ聞く。」

「なんでしょうか?」

「草薙剣を何処にやりやがった。」

「あぁ……あの東方の剣ですか。それなら、王都に売りましたよ。」

「…………何?」

「セシンドグロス王国王都に売ったのですよ。鑑定させて頂いたところ、かなりの傑作だったようで、王国鍛冶職人に研究材料として売りに出しました。今は王都にまだ付いていないでしょうが、いずれ分解されてしまうでしょう。」

「…………そうか。じゃあすぐ取りに行かないとな。」 

「ええ。頑張ってください。」


クレイムは微笑みながら、快斗を応援する。その顔は、既に死を受け入れて、諦めている人間の物だ。


「せっかくの最期だ。盛大に送ってやる。」

「そうですか。感謝いたします。」

「ああ。最期の慈悲だ。」


快斗は静かに空中に浮かんでいき、右手に黒い炎の魔力を集めて凝縮する。そして、右手を引いて、突きの構え。その矛先を真下のクレイムを向けて、言い放った。


「…………ごめんな?最後いきなり強くなっちまって。」

「いえいえ。お気になさらず。早く放ってしまってはどうです?あなたのお友達が危ういかもしれませんよ。」

「だな。じゃあな。メサイア幹部、クレイム。」

「…………一つ忠告を。」

「アァ?」

「この街のメサイア幹部は、私だけではありませんよ?」

「…………『魔技・絶望の一閃フラッシュデスペアー』」


快斗は音速をも超えるほどのスピードで右手を真下に突き出した。黒い閃光が高速でクレイムに迫る。


衝突爆発する瞬間、クレイムは目を閉じて叫んだ。


「滅びろ悪魔があああ‼」

「聞こえねぇな‼」


煽りをたっぷり載せて、快斗が答える。瞬間、黒い爆炎が上がり、雲を突き破って空へ伸びる。快斗は更に速くなった『瞬身』を使って、高谷達がいる方向に高速で飛んだ。


後ろから強烈な爆風が発生し、快斗の体勢を崩す。前のようにならず、持ち直した快斗だったが、


「がっ⁉」


左目が急に痛み、それを機に魔力が急に停止。翼が消え、纏っていた黒い魔力は消え去り、街中に墜落していった。そして、硬い地面に頭から墜落。意識を失った。消えゆく意識の中、フードから転がり落ちるキューの姿を見て、


(そういえば、お前もいたっけな。)


と、心の中で呟いたのだった。

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