第13話 果物の森
さーっと涼し気な風が吹き、木の葉をゆさゆさと揺らす。乱れが一切なかった小さな湖には、大きな波紋を生み出し、整った水面を壊していく。そして、それらは森の生物を眠りから起こす目覚ましとなる。
「キュイ。キュイキュイ。」
「ん……あぁ……?」
小さく体を揺さぶられ、快斗は目を冷ました。可愛らしい鳴き声がする方に目を向ける。
「キュー。死んだんじゃなかったのか……。」
「キュイ‼」
当然だ‼と言うふうにキューは垂れ下がったみみを揺らしながら鳴いた。湖に落ちたせいか、毛についていた血は薄れ、今は桃色の毛となっている。それは快斗も同じで、ビショビショの髪は薄桃色になっている。
「なんか濡れてると思ったら、湖に落ちたのか。…………んあ?」
「キュイ?」
快斗が起き上がり、頭を掻いていると、湖の中に、細長い影が近づいてきていることが分かった。すぐに戦闘態勢に入る。
「なんだ?また蛇か?もう見たくねぇな。」
「キュイ。」
そう言っていると、水面からゆっくりとその魔物が顔を出した。顔はそのまま蛇。体も蛇。ただただ大きな蛇だ。蛇は快斗を見つめる。快斗はふらつきながらも、すぐに動けるような体勢になり、警戒する。
すると、蛇を顔を後ろに引いて、少しためたあと、
「シャア‼」
魔法を発動した。
「なん……あ?」
「キュイ?」
何が放たれたのかと快斗は身構えたが、快斗の周りに出現した緑色の光に包まれた時に、それが何なのか理解した。
「回復系の技か?」
「キュイキュイ。」
毒針が刺さっていた快斗の左足の傷が完全に塞がり、痛みが引いていく。腫れた左腕は、ひんやりと冷たくなり、痛みが薄れる。また、体中の小さな傷がなくなり、ダルさや倦怠感がきえ、思考がスッキリとし、視界がクリアになる。
キューもそれを感じたようで、ぴょんぴょん跳ね回っている。しかし、折れた耳は治っていない。
「…………お前は何なんだ?」
「…………。」
快斗は蛇にそう聞いてみる。蛇は少しとどまったあと、体を、左に向け、湖に沿って、ゆっくりと進み始めた。
「……?」
「キュイキュイ。」
快斗が首を傾げていると、キューが快斗のジーンズを引っ張る。快斗は、キューが行く方向に付いていくことにした。
ゆっくりと、朝の散歩のように歩いていく。快斗は昨夜戦った蛇のことを考えながら、ふと気づいた。
「服の穴が塞がってやがる。しかも血の汚れも取れてやがる。泥もついてない。どうなってんだ?」
そう、快斗は昨夜、腕や脚を貫かれたり、溶かされたりしたのだ。その時、もちろん服も汚れたり穴が空いていた。しかし、今はそんな穴は空いておらず、先程まで濡れていたにも関わらず、サラサラに乾いており、新品のような出来になっているのだ。
これは、エレメロが服に付けた、『絶対復元』という魔術の効果で、汚れたり壊れたりすると、それを自動的に修復、復元するという能力である。幼稚園生の子を持つ家庭には絶対に欲しい能力である。
エレメロが付けた魔術の効果だとは、快斗は気づいていないが、気にしないでいいやと、そのことは頭から捨てたのであった。
そして、30分ほど歩いた頃、
「おおー。こりゃすげーな。」
「キュイ‼キュイキュイキュイ‼」
謎の蛇について言ってたどり着いた場所は、果物が大量に実っている色鮮やかな森だった。
「腹減ってたからちょうどいいな。」
「キュイ‼」
快斗とキューは、早速実っている橙色の果物をかぶりついた。控えめな甘さが口の中に広がる。そして、
「ん?痺れる?」
ビリっと小さく電気が流れ、独特の食感と味を醸し出す。
快斗とキューが食べたのは、微電林檎という、食べた際に電気が流れる果物である。魔力が濃い場所にしか生えず、各国が栽培を試みている物で、未だに再現が難しい果物である。
ここは、微電林檎のほかにも、同じような果物が大量に生えており、食べると魔力が回復するミント色のバナナ、エンチャントバナナや、解毒作用があるブドウ、デトンクスグレープなど、回復に使えそうなものも生えていた。
その中で最も価値が高いものを、キューが発見した。
「キュイ‼」
「んあ?おぉ、なんだそれ?」
快斗が果物を食べ漁っていると、キューが一つの果物を咥えて持ってきた。それは、日本でもよく見る果物、色も見た目も何も変わっていないミカンだった。
「ただのミカンか?いや、こんだけイカれた果物があるから、それもなんか違うんだろうな。」
快斗はそう言いながら、キューからミカンを受け取り、皮を剥いて半分にし、キューと食べあった。
「…………あれ?」
「キュイキュイ‼」
キューは美味しそうにかぶりついているが、快斗は首を傾げていた。何故かと言うと、
「ただのミカンじゃねぇか‼」
それがなんの効果もない普通のミカンだったのだ。
実はこの世界では、殆どの食べ物が魔力の影響を受けており、逆に、魔力が籠もっていない食べ物は貴重なものとされている。そのため、キューの固有能力に引っかかったのだ。
もっとも、快斗からしたら、そのミカンよりも嬉しいものがあった。それは、
「野菜だ‼」
「キュイ?」
果物の森も抜けると、そこには、多種多量な野菜が生えていた。人参やキャベツ、キュウリにナス、アボカドなどが生えている。
「やったぜ‼草食男子の俺からしたら楽園だぜ‼」
「キュイキュイ?」
快斗は喜びながら野菜を湖で洗って齧り付いた。キューはそのままだ。
「んーやっぱ少し違うな。この世界の野菜は。でも、これはこれで美味だな。」
そう言って、ほぼ生の人参を食べながら、快斗は、蛇に向かって礼を言った。
「あんがとな。いい場所教えてくれて。」
「シュルル。」
蛇は表情を変えずに首を傾げたあと、水から上がり、蛇も果物を食べ始めた。奴も草食なのかと思いながら、快斗は人参を食べ終え、
「野菜だけってのもいいけど、やっぱり肉があってこそ野菜も上手くなるってもんだな。てことで、」
「キュイ?」
快斗はキューを連れ、森の奥に入っていった。快斗はこの先に、いくつかの気配を感じ取っていた。それは、
「うむ。まるまると太ってんな。あの豚共。」
ここらの野菜を貪り食っている、真っ黒の豚である。快斗はよだれを垂らしながら、一匹の豚に近づき、
「すまんな。」
快斗は一瞬で豚の心臓を貫いて、痛みを感じさせないように一瞬で葬った。豚が静かに倒れる。
「さて、キュー。朝飯だ。」
「キュイキュイ‼」
キューと快斗はその後、豚の丸焼きを食べ、その余りを蛇に与えた。蛇は肉を始めてみたのか、不思議な顔をして食べていたが、やがて味を占めたのか、勢いよく食べ始めた。
そして、その日は昨夜の戦いのご褒美ということで、一日中休憩をしたのだった。
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