第12話 クレイムとクラスメイト

「な……なによ…あれ……。」

「ふむ……。」


地平線から顔を覗かせ始めた太陽に照らされる街。その街の北通りの一番奥。山に接している白い大きな教会。メサイアの基地の一つ。その屋上で森から立ち上がる赤黒い炎の柱を見ているのは、快斗のクラスメイト、宮澤と、快斗から草薙剣を盗んだ細身の男、


「クレイムさん。あれ、なんだか分かる?」

「ふむ。私の知る限りでは、あれは火炎魔術のようですが……あそこまで怒りに満ちた魔術は、私も見たことがありません。誰が放ったものなのかは、予想が付きますがね。」


白いスーツのような服に見を包んだ、クレイムと言う男である。クレイムは、顎に手を当て、椅子の背もたれに寄りかかりながら考える。すると、何人かが階段を駆け上る音が聞こえ、


「今の何⁉」

「なんかすっげー魔力感じたんだけど‼」

「何が起こった?」

「目、覚めちまったんだが。てか凄く気持ち悪いわ。あの魔力。」


寝巻き姿で勢いよく登場したのは、矢澤、渡辺、蛯原、内田である。クラスメイトの中でもすば向けて戦闘力が高いこの四人は、いち早く汚れた魔力の爆発に気づいたらしい。もっとも、


「なに〜今の。」

「めっちゃうるさかったな。」

「寝れなかった。」

「ったく朝からなんだよ。気分悪ぃ。」


次々とクラスメイト達が各々の感想を述べながら屋上に出てきた。クラスメイトは全員、一週間ほど修行している。それぞれの固有能力も覚醒し、魔術や体術、武器術などもある程度身についている。皆、この世界の人間よりも優れた戦闘能力を有していて、魔物の狩りも経験した。


未だに血などを嫌がる女子もいるが、男子はもちろん、女子の数人かは、動物の死に慣れてしまっている。男子の中の数人は、殺す事に快感を覚え始めていた。


「クレイムさん。あれは?」


腕を組みながらクレイムに質問している大人の男は、酒井である。クレイムは少しニヤつきながら、


「あれは……、あなた方がクズと呼ぶ者が放った魔術でしょう。正直、二週間森にこもっただけであそこまでの魔術を放てるようになるとは思っていませんでした。」

「……ッ。」

「今ならある程度消耗しているかも知れませんが……油断はできません。悪魔はどこまでもずる賢い害悪ですからね。あと二週間ほど修行をし、力をつけながら待ちましょう。やつは必ず、この街に来るはずです。返り討ちにして、殺ればいいだけの話です。」

「え?今の俺らで全員でかかればよくね?」 


丹野が首を傾げながら言う。


「それな。」

「いけるよな。内田とか渡辺とかもいるし。」

「ね。」


それに藤原、蛯原、宮澤が賛成する。他のクラスメイトも次々と賛成していく。


「それに、いざとなったらクレイムさんが居るじゃないですか。」


クラス一の美女の黒本がそう笑いながら言う。クレイムはその言葉を聞いて、


「対処できなかった場合、私が出るというわけですか。」

「そうそう。私達よりもクレイムさんって強いし、何ならクレイムさんが捕まえてきたクズを痛めつけるって言う手もあるんだよね。」

「ほう……」 


矢澤が笑いながらそう言うと、クレイムの姿が消える。


「あれ?」


クラスメイトが探していると、


「ヒィ‼」

「「「ッ⁉」」」


クラスメイトの誰も認知できない間に、いつの間にかクレイムが矢澤の喉に、装着した鉤爪という武器を突きつけていた。


「この程度の動きを誰も認知できないうえ、私を貴様らの望みのためにタダで働かせると?とんだ阿呆だ。それでも殺された恨みを持っている人間なのか?ガキ共。」


今までの態度とは心機一転し、真顔で辛辣な言葉を言い放つクレイム。その殺気と言葉に、クラスメイトの大半が怯える。クレイムは、矢澤の顎を手でクイッと持ち上げると、その整った顔を耳に近づけ、小さく呟いた。


「ただで衣食住、ましてや修行まで見てやっているのだ。復讐など勝手にやっていろ。私はいつでも貴様らを殺せる力を持っているのだ。いいか。私達が譲歩しているのだ。断じて貴様らのほうが立場が上などと思うな。次に私をこき使うような発言をすれば……どうなるかわかるな?」

「は…はい……すみません……。」

「ふむ。よろしい。」


矢澤は、涙目で謝罪を口にする。その言葉に納得したクレイムは顔を上げ、再び優しげな表情に戻り、


「さて、そろそろ朝食ができるでしょう。今日は各々の固有能力を上達させる修行です。今のうちにたくさん食べておかないと、スタミナが持ちませんよ?」


そう言って、笑いながらクレイムは、階段を下っていった。少しの静寂のあと、皆が黙っている空間に、


「ハァぁ……」


大きなため息がつかれた。皆がその方向を見ると、頭の後ろで手を組んでいる高谷が、呆れた顔でクラスメイトを見回していた。


「…………腹減ったから早く行こうぜ。」


高谷はズボンのポッケに手を入れて、階段を下っていった。その後にクラスメイトが続く。


「大丈夫?」


眠そうな顔で階段を下る高谷の顔を覗くのは、クラスの二番目の美女、原野だ。高谷は、ゆっくりと顔を向け、ニコッと笑うと、


「大丈夫だ。気にすんな。」

「本当に?最近顔色悪くない?」

「それは多分貧血だからかな?」


高谷の固有能力は、『血を流し、血を吐き、血を従え、操る者』という物だった。高谷はこの能力のおかげで、クラスメイトの中で一番回復力が高い。また、自身を傷つけて、血を流さなければ、能力を使えないため、『痛覚軽減』も持っている。


高谷は、戦闘のときは、常に体の何処かから血を流して置かなければならず、修行中ずっと流している日々がここ最近続き、貧血であるのは間違いないのだ。しかし、


「…………やっぱり快斗君のこと気にしてる?」

「…………してないといえば、嘘になるなぁ。」


一番仲が良かったこともあり、高谷は快斗への復讐は乗り気ではないのだ。快斗が全員を殺したいと思うのは当然のことだと思ったし、見て見ぬふりをしていた自分に罪があるとも感じている。だからこそ、快斗に復讐したいという感情は沸かないのだ。


「…………優しいんだね。」

「あ?」

「だって高谷君だけだもん。快斗君に復讐したいって思ってない人。」

「そうだよな。……お前は?」

「私だって復讐したいって思ってるに決まってるじゃん。なんか快斗君って凄く変態で凄くクズで凄く意地悪なんでしょ?そんな人に、関わってない私が殺されたんだから、恨むに決まってるじゃん。」

「…………ハァ。快斗のその情報誰から聞いた?」

「内田君だよ?」

「ハァ……。」


やはりか。と頭を抑えながらそれが全て嘘であると、高谷は原野に伝える。原野は驚いた顔をしたあと、顎に手を当て、


「でもやっぱり、殺されたから恨みはあるかな〜。」

「そうか。まぁ普通はそうだろうけど。」

「そうだよ。高谷君が優しすぎるんだよ。」

「そうかもね。」


高谷が少し笑うと、原野が綺麗な指で高谷の頬をつついた。


「無理しちゃ駄目だよ。何かあったら相談に乗ってあげるから言ってね。」

「…………あぁ。ありがとう。」


高谷は少し靄が晴れたような顔をしたあと、


「…………久々に、快斗とカラオケに行けたいな。」


そう小さく呟いた。その呟きは、クラスメイトの誰にも聞こえず、小鳥のさえずりと共に消えていったのだった。

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