第11話 固有能力覚醒

「シュルル。」


舌を動かしながら、無表情で快斗を見つめる目。絶対的な強者の余裕なのか。はたまた快斗の技量を図っているのか。それは快斗にはどうでもいい事。しかし、


「その目、えぐり抜いてやるよ‼」


何も感じさせないその目線が、快斗に多大な不快感を与えた。快斗は、『瞬身』を全開で使い、木や地面、とぐろを巻いているコブラの体の上を高速で動き回る。狙うは顔。体を狙わないのは、コブラの目が気持ち悪く感じるからである。


「『炎槍』‼」


コブラの目の前に来たときに、火で作った槍、習得している火炎魔術の最大の攻撃、『炎槍』を全開で放った。しかし、


「やっぱ出ねぇか‼」

「シャアア‼」  


確かに魔力は消費したものの、『炎槍』が放たれることは無かった。そして出来た致命的な隙を、コブラは狙う。しかし、『炎槍』が放たれないことを薄々予想していた快斗は、放たれた謎の液体を、体をひねって躱す。


逆さまで地面に着地。手の力だけで、コブラの間合いから出る。


「やっぱてめぇ。分かったぜ。」


快斗は考えていた。このコブラが何故ここまで強いのか。そして、先程から上に飛んでいる火炎厄鳥が何故攻撃をしてこないのか。


巨大で高速に動く毒蛇。たしかに驚異ではあるが、地球でも、蛇の上には鳥という絶対的な捕食者たちが存在していた。理由は簡単。鳥は空を飛べるが、蛇は飛べない。


故に、この世界の、しかも魔法を放つ事ができる火炎厄鳥がこのコブラに怯える理由が分からなかったのである。しかし、先程の魔術といい、この長さといい、それらを踏まえて考えた結果、


「お前、魔法とか魔術とか、掻き消せるんだな?お前には結界みたいのがついていて。その中に入った魔法は消えちまう。そうだろ?出なきゃ上から魔法をぶっ放せる火炎厄鳥があんなに怯えるわけがねぇ。それにお前、」


快斗は、コブラの長い体をゆっくりと観察し、もう一度顔を見つめ、


「立てるんだろ?その長さで。ゆうに15mは超えてるだろうな。お前の存在を知らない鳥の魔物だったら一瞬で食われちまう。面白いもんだな。最後尾が立つために広く作られてるなんてな。」


そう、コブラの体の一番最後の部分は、細くなっているのではなく、平たく広くなっているのだ。その部位は分厚く、体を一瞬だけ持ち上げるということをするには、最適な形をしている。


快斗はその部位を見つめて、ゆっくりと口角を釣り上げ笑って、


「魔法が使えないからなんだ。立てるからなんだ。速いからなんだ。デカイからなんだ。んなもん関係ねぇ。ただ、喰える場所が多いってだけだ‼」


快斗は、全力で『瞬身』を使い、瞬間移動並の速さでコブラの頭上に移動。ここまで速い敵を相手にしたことがなかったコブラは一瞬快斗を見失う。


「『剛力』ィ‼」


前に倒したゴリラから得た能力、『剛力』を発動し、一時的に力を増大させる。腕が黄色い光に包まれ、殺戮能力を上げる。


「その頭砕いてやる‼」


快斗は思いっきり振りかぶった腕を、硬い鱗で覆われているコブラの頭に叩き落とした。あまりに強い力に、予想をしていなかったコブラは、そのまま地面に頭を埋める。鱗がいくつか割れ、どす黒い血が撒き散らされる。


「ラァ‼」


拳を突きつけた姿勢で回転し、勢いをつけたタイミングで、コブラの顔の横を蹴り飛ばす。鱗が剥がれ、更に血が舞う。


「シャアアア‼」


しかし、コブラもやられっぱなしでは無い。とぐろを巻いている体を勢いよく開放。その勢いで小さな竜巻が置き、小さな石や木の破片を勢いよく快斗に叩きつける。


「づっ‼」


その爆風と破片の攻撃に快斗は吹き飛ばされる。顔を腕で覆ってガードしたが、そこに尖った木の破片が突き刺さり、左手が動かなくなる。そのまま後頭部を木に強打。一瞬だけ意識が消える。


「やっ…てくれんじゃねぇか……。ハァ……、上等‼」


快斗は左手に刺さっている木の破片を引き抜き、構えた。左手は力が入らず、だらんと垂れ下がり、大量の血を滴らせる。その血を舐め取り、快斗はニヤリと笑う。


「お前の体にも、同じような穴を開けてやるよ。必死に体動かしな‼」


快斗は、腕に空いた大穴の痛みを無視して、コブラの顎下に高速で移動。『剛力』を発動し、足の力と腕の力を増大させ、


「オラァ‼」


全力でアッパーを繰り出す。コブラは、顔を後ろにそらしその攻撃を躱す。その姿勢のまま、口を開き、謎の液体を噴射する。


快斗は、その液体に向かって、木の破片を思いっきり投げつける。液体は破片を一瞬で溶かし、快斗へと飛んでいくが、一瞬で体制を整えた快斗は、首を横に傾けるだけで躱す。

後ろで液体に直撃した木が溶けて倒れる。


それを快斗は掴み、『剛力』で腕力をあげ、その太い幹をコブラの脳天に叩きつけた。

コブラは体を捻り、木が当たる部分から体を退避。その幹に太い体を巻き付けて、


「なっ⁉」


快斗がやったように、快斗ごと、その木を地面に叩きつけようとした。快斗は咄嗟に手を離して離脱する。叩きつけられた木の部分は粉砕し、地面に大きなヒビが入る。あのまま掴んでいたら、いくら快斗でも死んでいただろう。


コブラは更に体を捻り、乱雑に体を動かして、森を破壊していく。自らの体を鞭のように使い、快斗を予想していなかったタイミングで狙う。


「ッ⁉」


快斗は破片が飛び交うせいでコブラが見えないうえ、気配だけでコブラを探っていたため、コブラの一撃を躱すことはできない。快斗は考える。走馬灯のように、世界がゆっくりと進む。徐々にコブラの太い体が、快斗の頭に近づいてくる。


窮地。万事休す。抗えない現実の理不尽さに、快斗は一瞬絶望した。が、すぐに別の感情へと変化する。怒りへと。苛つきへと。快斗にとってそれは、一番体を動かす原動力となる感情。思考はブレ、真っ白になり、怒り一色に赤くなる。

(ウザい。ウザい。殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼殺せ‼)


ヤケになって考えることをやめる。本能的に『剛力』を右手、両足に発動し、一瞬でかがむ。そして、筋肉に生じる反発力と、『瞬身』を全開発動。快斗の人生で最大の力を持った攻撃が放たれる。


「死ね駄蛇野郎がぁ‼」


黄色い光に包まれた右腕と、極太のコブラの体が、正面衝突する。生まれた波動が、快斗の体に響き渡り、肋骨を揺らし、心臓に多大な衝撃を伝え、


「か、は……」


心肺停止状態に陥る。快斗の目から生気が抜け落ちていく。しかし、


「は…がっ‼」


徐々に回復しつつあった左手を開き、左手に血液を集め、そして思いっきり左手を閉じる。集まった血液が、握りられたことにより、体全体へと、送り出される。勢いよく血液が心臓に流れ込み、動きを再開する。傷口から大量の血が溢れ、再開した心臓の鼓動の痛みに耐えながら、快斗はコブラの体を押し返した。衝撃により、右手は複雑に折れ曲がり、お釈迦になる。


コブラは瞠目していた。なんせ、自分よりも小さくて弱い者が、気力だけで自分の攻撃を押し返されたのだ。傷だらけの華奢な生物に、自分と同等の攻撃を繰り出される。その事実に、驚きとともに焦りが生じる。この森の頂点である自分が、倒されてしまうかもしれない、と。


「シャアア‼」


容赦なく、コブラは本気で攻撃を繰り出す。コブラは、自分の固有能力、『魔力遮断』があるため、魔法を使うことができない。故に、元から体に備わっている攻撃方法しか使えない。しかし、それだけでも十分に脅威になるものを、コブラは持っている。


それは、体中の鱗の下に隠れている、毒針である。


「シャアア‼」


コブラは全身を震わせ、鱗の下から、大量の毒針を突き出す。全身がトゲだらけになり、溢れ出る毒が針を伝っている。無色の毒。ただの人間なら、触れただけでも肌が壊死する。体内に入り込めば、間違いなく死亡する。生物になら必ず効く猛毒である。


「シイィ‼」


コブラは自分の体をしならせ、広くなっている尾をうちわのように振り回し、快斗を狙う。


先程の衝撃が抜けきっておらず、足が動かない快斗は、


「あああ‼」


穴が閉じ始めている左手を酷使して、地面も思いっきり殴る。生じた小さな衝撃と、わずかに動く足を使って跳ぶ。横凪の攻撃をギリギリで完全に躱した。しかし、


「つあっ⁉」


左足のふくらはぎに、毒針が一本突き刺さった。毒針は発射可能だったようで、下を通り過ぎる際、上に向かって一本放たれたようだ。


「ぐっ……お…」


地面でバウンドし、口から血を吐き出す。毒は、恐ろしい速度で全身を回り、快斗の意識を奪っていく。


「う……あ……」

「シュルル。」


足の感覚がなくなり、口が動かなくなり、視界が狭くなり、思考が止まり、血は汚れ、心臓は止まりかける。なんとか気力で意識はあるが、動けるほどの体力は残っていない。


コブラは安堵した。自分よりも上の存在が出現ることがなくなった、と。倒れている快斗を見下ろし、下をチロチロと動かしながら、観察する。


毒針が刺さっている場所は、赤く腫れ上がり、黒くなりつつある。血はどす黒く、生物のものとは思えないほど汚れきってしまっている。目が虚ろになり、目や鼻、耳、口から血を流し、急激に体温が上がる。息は小さく、心臓はもはや動いていない。


コブラは、このまま見てみようと思った。食べても良かったが、それではつまらないと。どうせ死ぬなら苦しめてみようと。与えられた思考力で、そう考えた。


それが致命的なミスだった。


「シュルル?」


快斗は、目を閉じ、息が止まり、完全に動かなくなった。もはや生気は感じられない。叫ぶなりなんなりすれば面白ものだったのに、とコブラは考えながら、快斗を長い舌で絡め取り、口に入れようとした。その瞬間、


「げふっ…………」

「シュル⁉」


舌で体が圧迫されたからか、快斗の口から、大きな血塊が飛び出し、コブラの片目に直撃する。コブラは突然の出来事に驚いたが、何も無いことを理解すると、再び快斗を、口に運んだ。すると、


「シュ、シュルル?シ、シャアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼」


突然、血がかかった方の目に激痛が走った。痛みは増大し、奥へ奥へと進んでいく。あまりの痛さに、コブラは快斗を放り捨て、自分の体で目を抑えた。


致命的な隙だ。


「シュる?」


上から発せられる気配。迫りくるのは…………死の気配。


「ッ⁉」


コブラは咄嗟に頭を持ち上げ、上を見ようとした。その時間を躱すことに全力を注いでいれば、苦しまずに済んだかもしれない。


「死ねぇ‼駄蛇野郎‼行け‼キュー‼」

「キューイー‼」


頭を上げたコブラの脳天に突きつけられたもの。それは、摂氏1000度にもなるほど熱せられた、キューの前歯だった。


キューは、尋常ではない勢いで、コブラの脳天に迫る。キューの上には、何かを投げ終わった姿勢の快斗がいる。快斗は、キューのことをコブラの脳天に向かって投げたのだ。


先程、キューは、快斗に指示されたとおりに逃げていた。『瞬身』を使いながら。しかし、その途中で思う。師匠(快斗)をおいて、逃げていいのかと。あんなに美味しい食べ物(焼き肉)を教えてくれた師匠を置いてきていいのかと。弟子の自分が助けるべきなのではないかと。そう思ったのだ。

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キューの種、狂速兎は、群れで生活し、その中で一番速い物がリーダーになるのである。


キューは、生まれた瞬間にその群れとはぐれた。キューは森を彷徨いながら、襲いかかる天敵を、唯一持っていた能力、『瞬身』を駆使して、生き延びていた。


そして、逃げるに逃げまくった結果、天敵が少なく、美味な木のみがたくさん取れる土地を見つけた。キューは喜び、そこを陣取ろうとした。そこで敵対したのが、なんと普通のウサギたちだった。


キューは、最初に彼らを見たとき、すぐに残滅させようとした。彼らは戦う手段を持っておらず、速すぎるキューを感知するのともできないので、その数をどんどん減らしていった。食料の肉が増え、キューはその時歓喜していた。


そんな時、その場所に一匹の犬型のバーゲストが現れた。バーゲストはウサギの群れを狙い、キューと同じようにウサギの数を減らしていった。キューはその時、バーゲストに会っていなかったので、害がないならいい、と放っておいた。


しかし、ある時、バーゲストとキューが森の中で出会った。キューは餌になるウサギを探していた。そして、見つけたウサギの群れが、バーゲストと戦っていたのだ。


そう、他戦っていたのだ。弱くて何も出来ないような奴らが。キューは首を傾げた。何故逃げないのかと。集団でかかれば勝てるとでも思っているのだろうかと。現にウサギは、バーゲストの一発で死んでいっている。なのに、他のウサギは何故逃げないのか。それは、その群れの中で一番屈強なウサギが叫んだことで理解した。


「キューキュッキュ‼キュキュッキュッキュー‼(死ぬときは皆一緒だ‼誰も逃げずに、最後まで足掻け‼)」


キューは笑った。ただのウサギがなんとも面白いことをいう。そんな事をしてもどうにもならないというのに。群れを全部死なせて何がいいのかと。少しでも子孫を残すため、逃がすのが普通だろうと。


キューはひとしきり笑ったあと、こう思った。奴等を生きさせて、観察してみたい。と。


「キュー‼」


キューは『瞬身』でバーゲストの腹の下に移動し、鋭い前歯で、腹を切り裂いた。内蔵を食いちぎり、肋骨をへし折り、最後に体内で『熱牙』を全力で発動。体内から炎が上がる。


「ガァア‼」


バーゲストは痛みに悶絶しながら、最後に遠吠えをして動かなくなり、灰へと変わっていった。その様子を見ながら、ウサギ達は唖然として、キューを見ていた。


キューは、それから、その群れとともに生活するようになった。餌をとってきてもらう代わりに、天敵が現れたら駆除する。キューが加わった事により、ウサギ達の活動範囲は徐々に広くなり、最初の範囲の3倍ほどにまで広がっていた。


あの日、いつもの様に餌を探していると、一つの大きな気配が感じられた。キューはウサギたちに忠告し、ゆっくりと進んでいた。すると、どこからともなくいい匂いが。


ウサギ達はそれにつられてその方向に進んで行った。キューもその近くにある強大なを警戒しながら進んで行った。そして、そこにいたのが、


「…………魔物じゃないのか?ただのウサギか?肉を食うならウサギの魔物なのかもしれんが……ん?」


快斗だった。体中を血で真っ赤に染めた快斗が肉を焼いていたのだ。ウサギ達は警戒心三割、食欲七割で近付いた。快斗は、ウサギ達に小さな焼き肉を寄越し、最後にキューを見つけてじっと見てきた。獲物を狙う目ではなく、どこか優しげな目で。


キューはそんな快斗を見て、敵対心はないと分かると、快斗が来ている服の中にある物に意識を変えた。それは、金銭袋である。


実はキューはウサギ達と、一緒にいる間に、固有能力に目覚めていたのだ。固有能力とはその名の通り、その者だけが有するただ一つの能力である。キューは『高貴なる物を見つけし者』と言うものが目覚めた。


高価な物、金銭的に価値があるものを感知することができる能力である。キューのこの能力は、快斗の金銭袋に反応したのだ。


途端に、それを体が欲した。なんとなく欲しくなったのだ。キューは、実力差も忘れ、『瞬身』を使って、いつの間にか快斗の金銭袋を奪っていた。


「あ、てめぇ‼」


快斗の叫びで現実に戻ったキューは、不味いことをしたと思ったが、今更手がつけられないと思い、快斗が放った殺意に怯みながらも、なんとか手を躱した。その時、狂速兎の本能が覚める。それは、速さ対決。快斗が『瞬身』を使ったところを見て、勝負をしたいと思ったのだ。


「俺と鬼ごっこしようってのか?いいぜ?その華奢な白足、ちぎれるまで追ってやるよ。」


真顔で言い放つ快斗に向かって、キューは、


「キュイ‼(勝負‼)」


と叫び返した。快斗がキューから金銭袋を取れたら、キューの負け、取れなければキューの価値となる。森の中での最速を決める戦いが始まった。が、一瞬で勝負はついてしまった。


「キュイ⁉」


快斗が突進してきたものを躱したあと、次はどう来ると、考えていたキューの予想を上回る方法で、快斗はキューから金銭袋を取った。キューよりも快斗のほうが頭が回るのである。


それ以来、キューは快斗を師匠と呼ぶようになり、付いていこうとした。最初は拒否されていたが、最後はどうでもいいみたいな感じで、「お好きにどうぞ。」と言われた。


それからというもの、焼き肉や筋トレ、歌などをキューは知った。雑学王子の快斗は、キューの前でいろいろ実践してみせた。そのたびにキューは驚き、ウサギにしては尋常ではない速度で、それらを覚えていった。例えば、置いてある肉は、焼くときは逆さまで焼く、など。


そして、約一週間が立った頃、『瞬身』も上達し、今までにないほど何度も戦闘したおかげで、身体能力と『熱牙』も上達した頃、


「シャアア‼」


巨大な蛇にあった。あまりに強大すぎる蛇にあった。キューの全身の神経が、逃げろと警告していた。キューは咄嗟に快斗に跳びつく。そして、逃げようと何度も叫んだ。しかし、


「悪ぃが逃げろ。乗っけてると肩がこる。それにあいつは俺の飯を奪いやがった。あれは万死に値する。検証も含めて、あいつは俺が狩る。だから邪魔すn……」


と、快斗が言い出したので、もういいやと言う感じで、話の途中で全力で逃げた。走って走って走って、鋭く研ぎ澄まされた感覚でも分からなくなる程遠くまで逃げた。


走ってる途中で、今までのことが何故かフラッシュバックする。思い出すのは、焼き肉、雑学、快斗が言っていたボカロ曲と言うもの。キューが知らなかったことを当たり前のように披露していく師匠。


何故か自然と足が止まり、気づけば引き返していた。逃げるときよりも全力で走っていた。かなり遠くに逃げた故、かなり時間がかかった。そしてようやく戻ってくると、

師匠が痙攣しながら倒れており、それを蛇が見下ろしていた。


キューは分かった。毒だ。あれは毒が体内に回っているのだと。その瞬間に、怖くなった。自分よりも足が早い快斗が、自分よりも賢い快斗が、圧倒的な強者と警戒していた快斗が、いま負けている。


しかし、思った。アレ(コブラ)に勝てれば、自分のほうが強いと証明できるのでは?と。師匠を出し抜けるのでは?と。


キューは考える。どうすれば勝てるか、小さな頭脳で考える。そして、考えに考えた結果、結局快斗が必要であると分かった。自分ではどうしても勝てないと分かり、少し落胆しながらも、キューは、解毒作用があると快斗から教えられたキノコを『瞬身』を使いながら探し回り、3つほどを『瞬身』で、コブラに気づかれぬよう、快斗の口の中に放り込んだ。


快斗はそれに気づき、それらを飲み込んだ。作用が少しずつ働き始め、悪魔の体が、本能的に体内の毒を集め纏め、口から血と共に吐き出させようとした。


その時に快斗の悪知恵が働く。どちらかと言えば好奇心だが、快斗は思った。

(この毒を、アイツの目に打ち込んだらどうなるのか?)と。

持ち上げると同時に、快斗は思いっきり毒を目に向かって吐き出した。結果、コブラの毒の耐性がない片目は簡単に壊死し、壮絶な痛みを与えた。


快斗は、なんとか動ける体を起こし、『熱牙』をチャージしながら高速で近づいてきたキューに小声で作戦を伝え、キューを掴んで、最後の魔力で『剛力』を発動、最初に壊した脳天の鱗の部分に向かって、キューを投げつけた。


キューは、その勢いに乗り、硬いコブラの肌に噛み付いた。鋭い前歯を突き刺していく。


「シァアアア‼」


当然コブラは全力で抵抗し始めた。身体をうねらせ、キューを叩き落とそうとした。しかし、


「少しじっとしてろ駄蛇野郎‼」


快斗が発動中の剛力をフルで使い、先程溶かされた大木を担ぎ上げ、重力と怪力で、コブラの体に叩きつけた。あまりの勢いに、体が地面にボフっと沈み込み、そのまま快斗が上から押さえつけているため、身動きが出来なくなる。


「ぶち破れぇ‼キュー‼」

「キューイー‼‼‼」


キューは快斗の声に応えて、歯が焦げるほど高温になった『熱牙』で、ついに肌を突き破った。そのまま頭蓋骨をも突き破り、頭脳に摂氏1000度の前歯を突き刺した。


「ガッ……」


一瞬、コブラの動きが止まる。快斗、コブラ、キューの三者が一瞬だけ静まり返る。そして、その静寂を、


「引き裂け‼」

「キュー‼」


快斗とキューが破る。コブラはなんの抵抗もできずに、頭蓋骨と頭脳を真っ二つにされ、高すぎる熱によって黒焦げになり、体内で発火する。


「ッーーー‼」


頭脳がないというのに、コブラは体を今まで以上に激しく動かし、その勢いでキューが飛ばされる。


「ほっ‼と。大丈夫か?キュー。」

「きゅ……キュイ……」


魔力をほとんど使い尽くしたキューは、快斗の腕の中で小さく声を上げ、魔力が枯渇した事により、動けなくなる。コブラは声にならない声をあげ続け、体をうねらせ、快斗をも突き飛ばそうとする。


「クソッタレ‼さっさと死にやがれ‼死に損ないが‼」

「ッーーー‼」


快斗は激昂するが、コブラは止まらない。全身から毒を噴射し、押さえつけている大木を破壊し、快斗を襲う。


「チッ‼クソが‼」


快斗は、気絶しそうな頭を叩き起こし、枯渇した魔力を奮い立たせて、『瞬身』を発動して、毒を躱す。だが、不規則に動くコブラの体から噴射される毒をすべて躱すことはできず、


「づっ⁉」


キューを抱いている左手に受けてしまう。左手が壊死し、キューが手から落ちかける。


「駄目だ‼」


右手で必死にキューを掴み上げ、もう一度毒を躱そうとしたその時、


「キュイ⁉」

「ッ‼」


大粒の毒がキューの右耳に直撃する。右耳は黒く壊死し、ピンと立っていたのにもかからわず、不自然に途中からへし折れてしまう。その痛みに、動けないキューは、小さく鳴く。


「キュゥ……キュゥ……。」


足を、ちょこと動かし、痛みに悶絶する。そして、その痛みにより、気絶し、動かなくなる。


「あ……」


快斗はそれを見て、思った。勘違いをした。


        死んだ……。


今まで何度も魔物を狩ってきた快斗が思うには、あまりにも罰当たりな感情。キューに対して、その感情を抱いてしまった。


        死ぬな。と。


「あ…アアアアアアアアアアアアアア‼」


快斗は、発狂し、頭を抱える。キューを強く抱きかかえる。快斗からどす黒い魔力が生まれ、溢れ、快斗を取り囲んで丸い球体になる。それは毒やコブラの体の攻撃を遮断する壁となり、快斗とキューを守る。その中で快斗は絶望する。


「キュー……おい、キュー……。」


真顔で、無心で、左腕と左足の痛みを無視して、ぐったりとしたキューを眺める。冷たくなりつつある体。なのに柔らかい毛。赤に染まった白い足。黒く折れ曲がった長い耳。


何故こうなったのか。どうしてキューに対してこんな感情になるのか。それは快斗にはわからない。ただ、大きな感情が生まれ、膨らみつつあるのは、快斗自身、気が付いていた。


「キュー。お前は意外と……」


快斗は少し笑って上に顔を上げ、そして、キューを見下してニコッと微笑むと、


「俺に気に入られていたみたいだな。」


そう呟いた。そして、その瞬間に抑えられなくなった感情が爆発する。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼‼‼‼」


森全体に響く大きな悲鳴。動物たちは逃げ惑い、魔物たちは怯えて動かなくなる。


森に化物が生まれる。


「殺す‼ぶち殺してやる‼てめぇの何もかもぶち壊して、ぶっ潰して、何も何も無かったことにして、魂までぶち壊してやるぅ‼死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ‼‼

死んじまえぇぇぇぇぇぇぇ‼‼」


黒い魔力が濃くなり、快斗を包み、快斗の固有能力を覚醒させる。それは、『堕落せし、罪多き悪魔』。


「ガアアアアアアア‼」


黒い魔力は翼を作り、牙、爪を鋭くし、髪を黒くし、身体能力を底上げ。魔力を増大させ、傷、毒を無効にして弾き飛ばし、快斗の右目を中心に、黒い十字架が描かれる。


そして、快斗は、真顔になり、大事そうにキューを抱えて空へ浮かび上がった。そして、唐突にニッと笑い、


「殺す♪」


そう言って、右手を上に掲げた。そして、指を揃え、赤黒い炎を纏う。そして、快斗は、上から暴れまわるコブラを見下し、


「死ね♪」


快斗の最大の攻撃魔術、『貫手』が進化し、破壊の衝動がたっぷりと詰まった最大級の攻撃が静かに放たれる。


『魔技・絶望の一閃フラッシュデスペアー


誰にも認知できないほどの速度で、快斗が下に向かって手を突き出す。手の先から、破壊と消滅の一閃が放たれた。


それは、コブラの固有能力『魔力遮断』を突き破って、コブラの胴体へ直撃する。少しずつコブラの体を消滅させながら、そのまま突き抜け地面に到達。そして、大地震を起こすほどの大爆発が起きた。


快斗は冷静になり、そのまま空を飛んで爆発範囲から抜け出す。コブラの体を中心に赤い柱が空に向かって立ち上り、地面をえぐりながら、その範囲を広げていく。


そして、爆風によって、逃げていた快斗は体制崩し、すぐに戻そうとするも、魔力が枯渇して意識が薄れ、そのまま途中にあった。小さな湖に墜落した。


コブラの体は消滅し、魂も壊れ、その場所に大きな深い穴を開けた。こうして、森の頂点に位置していたコブラ、『巳』は滅びたのだった。

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