第8話 兎と快斗
快斗が街から逃げ出して、1週間。
「グオオオオオオ‼‼」
「ここ‼」
「グルルオオオ‼」
大拳と黒い閃光が交差し、それぞれが押し合いとどまる。しかし、それも長くは続かず、大拳が閃光に貫かれ、赤い血を撒き散らす。
「グルルル…………。」
「死ね。お前は終わりだ。」
「グルア…………。」
大拳の主は今、白髪の悪魔、快斗に文字通りのヘッドハンティングをされ、死亡した。
頭をつかみ、全体重を載せて、一回転。下半身を前に出し、そこについていく感覚で体全体を捻ると、実際の体重の二倍以上の力が生まれる事を知った快斗は、この技を魔物に仕掛けまくっているのだ。
ここらにいる魔物は食べられる物が少なく、魂しか食べられなかったため、快斗が通ってきた方角には、頭がなくなっている死体が大量に落ちている。
殆どが蟲系の魔物であり、肉の部分が少なかったのだ。それ故、哺乳類っぽい見た目をしていた魔物、ハイロックゴリラを見つけたときの目は、悪魔でも人間でもなかった。
「フゥ……、さて、喰えるのか?筋肉だらけでガチガチだったらどうしようか。」
鋭い自慢の爪で、肉を裂きながら独り言をいう。快斗は独り言が、生前よりもかなり多くなっている。今の状態は鬱だ。食べ物を喰うことしか頭にはない。
「ほっ」
快斗は肉を手に乗せ、手のひらから炎を発生させ、焼いていく。
火炎魔術が使えるようになったのは、2日前のこと。
獣と化した快斗が、血眼になって食事を探していた時、空中に違和感を覚えた。体のすべての感覚が、逃げろと警報を鳴らしていた。
それに従い、快斗は思いっきり地面をけとばした。すると、
「おわっ⁉」
先程まで快斗が居た場所に、大きな火の玉が直撃し、大爆発を起こした。
「ほっ、よっ、と。さて、」
空中で体制を整え、地面で手や足を付き、方向を正して、上を見る。
火炎厄鳥。快斗はその名を知らないが、鳥の魔物では珍しい火炎魔術を使う種。
全身真っ赤の羽毛に、黄色の大きなトサカ。緑色の瞳に、岩をも凌ぐ硬いくちばし。
そして、得意の火炎魔術。
一般の冒険者からすれば、厄介極まりない魔物である。初心者なら死んでいる。
「ヒィィィィィイヤ‼」
鼓膜をキーンと刺激する高温を放ち、再び快斗に向かって火の玉を放つ火炎厄鳥。
どう仕留めようかと考えながら、快斗は持ち前の運動神経を駆使して火の玉を躱す。背後で爆発が起こり、そこらの木に火が燃え移る。
「おい。山火事になんぞ。自重しろ。クソ鳥。」
「ヒィィィィィイヤ‼」
悪態をつきながら、火の玉を回避する快斗。それに答えるでもなく、ただ威厳のため、大きく叫ぶ火炎厄鳥。次々と火の玉を作り出し、魔物にしては正確な狙いで快斗を狙う。
それに飽きてきた快斗は、
「よいしょっ‼」
近くの木に跳びつき、筋肉の反発力と脚力で、別の木に飛び移る。徐々に高さが上がっていく。狙うのに夢中な火炎厄鳥は、時折、ビームのような形で炎を放ったり、槍のような形にして、高速に飛ばすなど、人間の様な器用さを発揮していた。
そして、快斗が火炎厄鳥とほぼ同じ高さに到達した頃、
「ほっ‼…………こっちだぜ?」
「ヒィ、ヒィィヤ?」
一瞬止まった快斗に向かって火炎厄鳥が火の玉を放ったが、快斗は避ける素振りもなくそのままになる。そして、火の玉はそのまま爆発し、快斗は死んだように見えたが、
「イノシシの野郎から学んだぜ。あいつはやっぱり役に立つな。」
快斗の姿がブレ、消えたのだ。当の本人は後ろにいるのだが、火炎厄鳥は気づいていない。
快斗が今使った技は、『瞬身』。魔術ではなく、体術のものの一つだ。この少し前に、快斗は、喰らった魂の記憶を、完全ではないが見る、聞く、再現、と言うことができることが判明した。
簡単に言えば、記憶を見ること、聞くことができるし、対象の能力も再現できるので、実質、対象の技を奪う事ができるのだ。上手く行けばの話だが。
快斗は、そのときに倒したイノシシの魔物で、それを試してみた。結果成功。イノシシの魔物のただ一つの能力、『瞬身』を手に入れたという事だ。
微量の魔力を使い、動きを通常の何倍もの速さにする。もともとの速さが尋常ではなくなっていた快斗は、そこらの魔物には認識できない程の速さで動くことができるようになっている。
「じゃあ死ね‼」
快斗は、手の指をきれいに揃え、貫手の形を作り、火炎厄鳥の背中に跳ぶ。指を揃えた手を後ろに引き、構え、
「『陰光』‼」
「ヒィィィィヤ⁉」
手を思いっきり突き出した。その手からは、黒色の閃光、『陰光』が放たれた。黒い陰の刃が、火炎厄鳥の背中を貫き、そのまま心臓をぶち抜く。
『陰光』は、快斗が前に会った自爆型の集団の、突波鳥という、ツバメのような魔物から得た能力である。
奴らは15匹ほどの群れになり、自分自身に閃光をまといながら、自爆意識で、対象に高速で突っ込むという謎な生き物だ。
どんな攻撃をしてくるかと警戒していた快斗はかなり驚いた。だが結局、すべての突波鳥の攻撃を躱し、すべての魂を喰らい、その薄い記憶の中で、能力を探りあて、コピーをする事ができた。
その結果、『陰光』という技が完成したのだ。攻撃範囲は1m弱。また大きな構えや、多めの魔力を使うので、かなり大きな隙や、完全に気づかれていない相手ではないと、あまり使えない。
快斗なりに練習して、使う魔力と使うまでの時間を短縮することは出来ているが、まだまだである。
「しゃあ‼魂ゲット‼」
火炎厄鳥に開けた綺麗な穴の中で出し位を探し出し、抜き取った快斗は、火炎厄鳥の体を足場に木に退避し、落下の衝撃を受ける事なく、地面に着地した。火炎厄鳥の体は、地面に落ちた時点で、灰となって崩れた。
「さ〜て、どんな能力が……」
そう言って快斗は魂を喰らい、記憶の中から攻撃の能力を探り当て、そして、
「…………あった‼」
火炎魔術をコピー。指先に炎が出せる程度のレベルで習得。それから練習を重ね、今では触れたものを燃やすことができるようになっていた。
それからの2日間は相当楽だった。
木の枝に火をつけ、明かりを確保したり、肉を焼いて味を良くしたりなど、人間らしい生活に少し近づいたのだ。
「火炎魔術パないな。どちらかと言うと氷結魔術のほうが、俺的には便利だと思ってたんだけどな。」
言いながら肉をリズムを刻みながら空中に投げながら焼く快斗。自分が出す炎とはいえ、熱いものは熱いのだ。影響がないわけではない。
「おーし、焼けたな。最近、焼き肉しか食ってねぇな。草食系男子だった俺は、そろそろ野菜が食いたくなる頃だぜ。所々に生えてるキュウリみたいなやつとか食ってるけど、やっぱり味が違うんだよなぁ。」
そう嘆きながら、思いっきり肉食系動物のような犬歯をむき出しにして、肉に齧り付く快斗。たまには硬めもありだなと考えながら、先程から自分を観察している気配に向かって、快斗は叫ぶ。
「なんだよ隠れてコソコソと‼何匹もいるならかかって来い魔物共‼」
その声に驚いたのか、十数個あった気配が散っていった。臆病な魔物なのかと思い、快斗はそのまま待ってみることにした。すると、
(またいくつか同じ気配が来たな。なんなんだ?何を見てる?なんのために見てる?うーむ。わからんなぁ。)
そう思いながら、肉を頬張り続ける。口の横に肉汁を盛大につけ、それを少し長めになった下で舌でベロンと舐め取った時、
(……気配が一つ、近づいた?)
不思議に思い、もう一度大きく肉に齧り付く。すると、
(一つ…また一つ。なんだ?どうなってんだこれ。…………あ、もしかして、)
そうして何かに気づいた快斗は、熊型バーゲストから頂いた能力、『鋭爪』で肉を切り裂き、スライスして、気配一つ一つを狙って弱めに投げた。
気配の少し前で、肉が地面に落ちる。すると、
「……お。」
「キュウキュウ。」
「キュー。」
「キュッキュ。」
小さな茶色い見た目のウサギが、数匹前に出てきて、その肉に齧り付いた。大きな前歯で肉を噛みちぎり、少しずつ咀嚼していく。
それを見た他のウサギが、次々と肉をかじり始め、快斗の周りに、いつの間にか数十匹のウサギが集まっていた。
「…………魔物じゃないのか?ただのウサギか?肉を食うならウサギの魔物なのかもしれんが……ん?」
快斗は、夢中で肉を咀嚼するようになった茶色のウサギ達の中に、他とは違うウサギを見つけた。
他のウサギとは違い、毛は白。目は赤く、耳は他のウサギよりも少し長い。そこ以外は、形状は他のウサギと同じだが。そのウサギは、肉に齧り付くことはなく、じっと快斗のことを見ている。
「なんだ?」
すると、ウサギの姿が一瞬ブレ、消えた。快斗が驚いて探すと、そのウサギは、先程いた場所から、快斗を中心に真逆の位置にいた。快斗に向かって背中を向けている。直線で移動してきたことがわかる。
快斗は、このウサギが自分と同じで、『瞬身』を使えると言うことに気がついた。ただの身体能力で、快斗に見えないなど、ここいらにいる魔物では不可能なのだ。
では何をするために『瞬身』を使ったのか。それはウサギが振り向いた瞬間に、快斗は理解した。
「あ、てめぇ‼」
「キュッキュー‼」
ウサギが振り向くと、その口には快斗の全財産が入った金銭袋が咥えられていた。
快斗がそれに気づいて立ち上がると、周りのウサギたちが驚いて、逃げて行ってしまった。快斗は、白ウサギのことを、殺意と共に睨みつけ、脳内で、新しい獲物だ。と呟きながら、『瞬身』で、捕まえようとした。
白ウサギは、快斗の殺意に一瞬怯んだが、すぐに元に戻り、快斗の手を、『瞬身』を使って躱した。
躱されたことに気づいた快斗はゆっくりと振り向くと、真顔で、
「俺と鬼ごっこしようってのか?いいぜ?その華奢な白足、ちぎれるまで追ってやるよ。」
快斗は人間だった頃は、50m走で6秒台を出したこともある脚を持っていた。その時の感覚もあり、今の足の速さは、尋常では無いものとなっている。静かな快斗の真顔と、溢れ出る苛つきのオーラが、白ウサギにのしかかるが
「キュイ‼」
白ウサギは、うろたえる様子もなく、元気な返事で、全てを吹き飛ばした。何故かその目には、闘志が宿っている。
「なら、よぉーい…………ハァア‼」
「キュイ‼」
ドンを言わないフェイント攻撃。しかし、白ウサギには通じず、簡単に躱される。しかし、それも想定内の快斗は慌てる事なく、
「ほい‼」
「キュイ⁉」
進行方向にあった赤色の大きなキノコに足を突っ込み、キノコとは思えないその弾力性を利用して跳ね返り、跳んでまだ空中にいた白ウサギまで、一瞬で近づく。
快斗が蹴ったのは、弾力性があるキノコ、ポインルーム。柔らかくて、意外と美味である少し高級なキノコである。
そして、0.1秒ほどで、白ウサギと快斗の対決(?)は、終了したのだった。
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