Special Episode スペースランドホテル⑤
スペースランドホテルのロビーは、まるで宇宙船の艦内のように、白く整然とした金属壁で囲まれていた。
六角形の広い室内の中心には青色の大きな球体が浮かび、回転している。周りにはリングの模型が重なり、それぞれ違う速度で、球体を中心に回っていた。
「お疲れ様です! あなたの隊員名をお伺いします!」
「あー……ヘクト・ガザルスだ」
その一角には、宇宙服を軽量化させたようなイメージの服を着た女性スタッフの姿があった。辟易とした様子で、ヘクトは受付を済ます。
「ヘクト・ガザルス隊員様! お待ちしておりました! あなたのルームはこちらになります」
「ああ。ところで確認したいんだが、ここって当日宿泊はできるのか?」
「はい! 本日は空きがありますので」
「そうか。ならよかった。だってよ、お前ら」
後ろを歩いていたジャクソンとリーに彼は顎で話しかけた。2人はどうやらすっかり参っているらしく、憔悴した様子でチェックインを始める。
「やれやれ。……にしても、どう思うよ、カーバンクル」
「どうって?」
そんな2人を置いて、少女と探偵はロビールーム内のソファに座っていた。両膝を揃える少女に対し、ヘクトは豪快に足を組んで投げ出す。
「ホントにお前じゃないんだよな、ってこと」
「そりゃそうでしょ。何もかも違うよ。シリアルキラーじゃないし、現役時代も素人と直接依頼のやり取りなんかしないし、引退後は何もしてないし、シリアルキラーじゃないし」
「わかったわかった……」
そりゃそうだよな、とヘクトは口の中で呟く。少女は元暗殺者だが、プロだ。プロは無闇に殺さない。殺したいだけのシリアルキラーとは似て非なるもの。
探偵である彼もそうだ。プロは仕事に誇りを持つ。趣味の延長のように、安く仕事を引き受けてやることなんかしない。
「だとすりゃあ、何だ? お前の偽物がいるってことか?」
「うーん……私の賞金首の依頼とかしばらく出てたみたいだし、それを利用するヤツでも出たのかな」
「なるほどな。お前の賞金、やけに高い割に情報が少ないし、騙りやすい状態なわけか」
現在はもう彼女の賞金は――その依頼を出していた組織、フェイクフラワーズが壊滅したため――解除されているが、それでもその名は裏社会で十分知れ渡った。
都市伝説を探るつもりで調べる者、実力を試したくて挑んでくる者……まだ何かと少女に付きまとうものは多い。
「探偵さん。チェックイン終わったわ」
「ああ。それじゃ、2部屋に別れよう。俺とジャクソン、カーバンクルとリーだ」
「気になってたけど、その子の名前もカーバンクルなの? 変な偶然ね」
「あー……そうだな、ハハ」
「ちょっと。なんで私がこの女と一緒の部屋なの」
「『この女』とかあんま言わないほうがいいぞ。しかも本人の目の前で。
単純な話、狙われてんのはリーお嬢さんだからだよ。相手が何者かは知らんが、ぶっちゃけ殺し屋が相手じゃ俺らじゃどうしようもねぇ。
ジャクソンの話によりゃ、殺人依頼は今日だったんだろ。だったら今日一日、お前が彼女を守りきればこっちの勝ちさ」
ヘクトがそう説明すると、少女は渋々引き下がった。それから、彼は両手を打ち合わす。
「そうだ。お嬢さん、アンタに渡すものがあるんだった。部屋に入ったら履き替えときな」
「これは……靴?」
彼が取り出したのは、この遊園地で売られている靴だ。フリーサイズ(持ち主の足の大きさに合わせて伸縮するタイプ)のもので、女が今履いているものよりヒールが低い。
「もし逃げたり走ったりすることになったら、その靴じゃ危ないだろ。まぁ安心しな。それはサービスだ」
「あ……ありがとう、探偵さん」
「ただしここのホテル代はそっちで払えよ。流石にそこまで懐に余裕はないからな!」
「ええ。もちろん払います。ジャクソンが」
ジャクソンはガックリと肩を落としながら頷いた。彼はここのホテル代だけでなく、ヘクトへの依頼料も代わりに支払うことになっていたのだ。彼がすべての発端であることを考えれば、当然かもしれないが……。
「さて! これ以上異論がないようだったら、それぞれの部屋に行こうぜ」
ヘクトがぱん、と手を叩く。半分以上の面々は渋りながらではあったが、とにかく一同はそれぞれの部屋に泊まることになった。
■
ツインルーム室内。バストイレルームは下から上に開くドアによって仕切られ、あとは1つの繋がった空間にベッドやテレビ、その他屋内の設備が集まっている。
少女は無遠慮にベッドに腰掛け、テレビのリモコンをオンにする。すると、楽しげなトランスBGMとともに、遊園地のアトラクションが紹介されていた。
高速で回る空中ブランコに、宇宙空間を移動するようなジェットコースター。園内を一望できる観覧車。
それらの映像が映っては、薄れて次のアトラクションの映像に変わる。夜はライトアップされ、ますます美しい景色になるらしい。
「あ〜あっ。外はまだこんなに明るいのにホテルとか」
「……あなたが命を狙われてるから。私だってまだ遊びたかったのに……」
「そりゃ悪かったわね。けど、それならアンタ1人でも遊んできたら? 護衛なんて、男が2人いれば十分だと思うのよね」
女の見解は楽観的に過ぎた。この時代の殺し屋は、「それ用のチューニング」をしていない人間ではどうあがいても勝てない。
相手が並の殺し屋だとしても、皮下アーマー、体内ガン、パワー増強アーム程度は標準搭載だ。少女は肩を竦める。
「私はあなたを見捨ててもいいんだけど……ヘクトが受けた依頼だからね」
「ふーん。随分仲いいのね、あの探偵さんと。どういう関係なの?」
「…………」
少女はその質問に答えることなくベッドに横になり、天井を見つめた。宇宙を模した、黒黒した靄の中に白い点が浮かんでいる天井材。
「ちょっと。ただでさえ暇なんだから、会話くらい応じなさいよね」
「……話すと長くなるの。もう寝てていい?」
「寝るって⁉ アンタ護衛じゃないの⁉ ……おーい!?」
女は少女の顔の前で手を振ったが、彼女はしっかりと目を瞑って反応がない。
窓の外からは、園内のゴウゴウと鳴るアトラクションの音と、楽しげな悲鳴が遠く入り込んでいた。
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