Special Episode スペースランドホテル④

「ぐうぅ……ち、畜生……」

「へッ! どうだ思い知ったか、これが俺の助手の力よ!」

「寝転がりながら勝ち誇らないでよ」


 それからわずか数秒後。絡んできた男はヘクトの横に大の字で倒れていた。


 大の字の男が2人。まるで彼らが互角に殴り合ったかのように見えるが、実際にはただ「少女>彼氏の男>ヘクト」という一方的な暴力のヒエラルキーがあるだけだった。


「な、殴り合って頭は冷えたか? 何があったんだよ。お前から話してみな」

「う、うう……そ、そこの彼女、リーって言うんだが……浮気してやがったんだ……!」


「だ、だって。アンタヘタクソなのよ! ヤる前は言葉ばっかであんま触んないし、ヤる時間も短いと思えば、ピロートークは異様に長いし! どんだけ喋りたがってんのよ!」

「な、なんだって……⁉ そんな、俺は君を楽しませるために!」

「女を楽しませたかったらトークよりテクを磨きなさいよ! だいたいヤッてる最中もねぇ――!」


「あー、その……子供の前であんまそういう生々しい話しないでもらっていいか?」


 加熱していく話し合い(?)をヘクトは気まずそうに止める。少女は特に何の反応もしていなかったが、ここは止めるのが大人の使命だと判断したのだ。


「全てにおいてロマンチスト過ぎなの! こっちはサプライズより実益が欲しいのよ!」

「あーあー、まぁわかるよ。サプライズで変なプレゼントもらうといたたまれないよな」

「だからって浮気はないじゃないか! 不満があるなら言ってくれれば直すのに!」

「うんうん、その通り! アンタは彼女に喜んでもらいたいだけだもんな」


 喧々諤々の2人の間に挟まれつつ、ヘクトは少しずつ彼女らを宥めていく。


 それが続くうち、少しずつヒステリックな大声は鳴りを潜め、ついには――


「ごめんよリー! 俺が間違っていた! 君を満足させられるよう、アレを改造してくるよ!」

「こっちこそごめんなさいジャクソン! もう浮気なんてしない。あの男とはヤるだけの関係になるわ!」

「そこはスッパリ別れてやれよ。……はぁ、とにかく一件落着したみたいだな」


 腫れた頬をさすりながらため息を吐く。そんな彼のもとに、少女がゆっくり歩み寄った。


「カッコいいとこは見せられなかったね?」

「う、うるせぇなぁ! 解決したからいいんだよ。痛っ……」

「……大丈夫?」

「お、あぁ。こんなのは掠り傷だ」


 ふーん、と少女は視線を逸らす。パーカーのポケットから再度、畳まれたビジュアルシートを取り出した。


「片付いたなら、貰うもの貰ってもう行こうよ。観覧車っていうのにも乗っておきたいし」

「そうだな。オイお2人さん――」

「ああっ! しまった!」


 抱き合って泣いていた男、ジャクソンは彼女のリーを離し、突然大声を上げた。その表情は凍りつき、いくつもの汗を流している。


「ど、どうした? そろそろ俺らは退散したいんだけどな」

「わ、忘れていたんだ! 俺は……! か、彼女への怒りに任せて、殺し屋に依頼してしまって……!」

「ジャクソン⁉ アンタって人は! 痴話喧嘩に巻き込まれた殺し屋の気持ちも考えなさい!」

「そこじゃないだろ。いやしかし、思い出してよかったな? さっさとキャンセルの連絡を入れてやれ」


「そ、それが……無理なんだ。相手は伝説の殺し屋で、こっちからの連絡はできない。

 ただ気が向いたときに殺し……報酬はごく少数しか受け取らない。誰もその正体を知らないシリアルキラーなんだよ」

「何だよそりゃ。んな適当な仕事するやつが伝説を名乗んなって。名前は? どんな奴だ?」

「な、名前。名前は――」


「――カーバンクルだ」

「……はぁ〜〜⁉」


 ジャクソンが発したのは、あまりにも予想外の名前。その名に目を見開いたのはヘクトだけでなく……当の少女もであった。

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