Special Episode スペースランドホテル③

「あー……それで、ミス。どんな状況だって? 落ち着いて、イチから話してくれるか」

「は、はい……」


 泣きつく女を宥め、土産物屋で話を聞くヘクト。その様子を面白くなさそうに少女は眺めていた。


「その……私、浮気がバレて、彼氏と喧嘩していたんです」

「フーン。まぁよくある話だな」

「それから、しばらく連絡なかったんですけど……昨日、突然遊園地に行こうって連絡が来て」


「へぇ、アンタもかい。実は俺も昨日、突然遊園地に行こうとか言われてよぉ」

「あら、あなたも? ええと……お子さん?」

「まぁそんな感じのもんだ。まったく、誰に似たんだかワガママなヤツで……おっと」


 氷のような、それでいて焼き尽くされそうな視線の圧に、ヘクトは慌てて咳払いする。


「それで、気まずいと思いながらも来たんですけど。彼、デート中も不気味なことばっかり言って……『ここは初めて俺が恋を自覚した場所だった』とか、『締めくくるにはここが相応しい』とかブツブツ言ってるんです!

 なんとか、トイレに行くって逃げてきたんですけど……」


「うーん……そりゃよくある心中パターンだな。ご愁傷さま」

「ちょっ……! た、助けてくれるんじゃないんですか⁉」

「ま、ナイスガイな探偵である俺としては、もちろん淑女の君の身を守りたくはあるんだが」


 彼は明らかにオーバーアクトに、持って回った言い回しをする。


「でもホラ。無料で助けてしまうと、俺を待ってる無数の正規の客が怒っちまうからな」

「客なんて全然来ないけどね」

「静かに! ……で、どうするミス。それでも俺に頼むかい? ポリスに頼んでもいいと思うがね」

「ポリスが殺人の可能性くらいで動くわけないわ! わかった、お金なら払う。だから、私を守って」

「毎度」


 ヘクトは女の手を取り、すかさず少女にも視線を送った。


「……てな訳だ。頼むぜ、カーバンクル」

「嫌」

「おう、頼りにして――なんだって?」

「嫌だって言った。ヘクトが自分で護衛しなよ」


 不機嫌さを隠そうともしない少女は彼にそう言った。おいおいおい、とヘクトは彼女と目線を合わす。


「俺に肉体労働をしろってのか⁉」

「助けがいのある美女の登場でしょ。探偵らしさを発揮するチャンスじゃない?」

「ぬ、ぐぐ……なるほどな。そう来たか」


 言われてみればこれはチャンスかもしれない。ヘクトは脳内でシミュレートする。そもそも、相手はギャングでも企業の構成員でもない、普通の男のはずだ。


 彼もそれなりに修羅場を潜ってきた男。そこらの男に負ける道理はない。美女の警護、フォーリンラブ、ハードボイルドな別れ……麗しいシチュエーションだ。


「しょうがねぇ。やってやるよ、俺1人でな!」

「あぁそう。頑張ってね。美女の、護衛を」


 ヘクトはそこで、少女の言葉から感情の起伏を捉えた。随分と刺々しい。特にこの女に対する当たりが強いようだ。


 それは何に由来するものなのか、彼は見当がついていなかった。遊園地巡りを妨害されたから怒っているのかもしれないし、或いは……


「お前、なんか妬いてるのか?」

「は? 誰が。何に」

「お、おお……」


 情緒の成長を感じる。あのホテル以外ほとんど何にも反応せず、自分の命すら軽んじていた少女が、嫉妬という感情を手に入れたのだ。


 ヘクトはそれを祝いたい気分だったが、これを口に出せばさすがに彼女が怒るどころの騒ぎではなくなるだろう。そっと心にしまい、再び依頼人と向き直る。


「とりあえず、任せといてくれ。で、アンタの彼氏はどこにいるんだ?」

「さ、さぁ……ええと、スペースシップスクエアで別れたのが6分前くらいかな?」

「フーン……じゃあ園内のエリアだったら、もうどこにいてもおかしくはないな」


 この遊園地はさして広くはない。女がいなくなったことに気づくのが遅れたとしても、位置を絞り込めるほどの広さはない。


 そのまま女を連れて練り歩き、男が出てくるまで待つという手もある。が……


(カーバンクルの機嫌が悪いからな……早めに終わらせたいところだ。やれやれ。「子煩悩」だな俺も)


「なぁ。ソイツの外見的特徴とか――」

「あっ……! あ、あれです! アイツです!」


 ヘクトが追加の情報を求めた矢先、女は怯えた声で指をさす。その先にいたのは、迷いなくズカズカとこちらに歩いてくる灰色の髪の男だった。


 目の下のクマは不眠か、それとも薬物の影響か。目の焦点は合っておらず、握った拳と噛み締めた歯が危険を知らせてくる。


「人の話が聞ける様子じゃねぇな。オイ、色男。そこで止まれ」

「……誰だよ……その男はなんだよ! 」

「やれやれ。しょうがねぇ、しばらく大人しくなってもらうぜ」


 ヘクトもまた拳を構え、早足でやってくる男を迎撃しようと肩を回す。間合いに入った男の顔面に容赦なくパンチを叩き込む――


 ――が、それは簡単に躱され、彼は逆にカウンターパンチを顔面に貰うことになった。


「ぐへっ……! や……やるじゃねぇか。だがラッキーパンチでいい気になるなよ」


「ぐおっ……な、なかなかいいパンチだ。俺の若い頃並だな」


「がっ……! そ、そろそろ本気でやるぜ。覚悟はいいかぁ⁉」


 ……それから約2分後。

 そこには大の字に倒れるヘクトの姿があった。彼は腫れだらけの顔でフッと笑う。


「カーバンクル、何とかしてくれ」

「……はぁー……」


 少女はため息を吐きながら、無防備に男に接近した。

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