Special Episode スペースランドホテル②

 2人は「レストラン・シャイニング」という遊園地内のレストランに入った。


 白を基調とした店内の天井や壁には、複数のフェイクのパイプが通っており、宇宙船内部の様子を再現しているようだ。


 給仕はアンドロイドが行っていた。少女は『宇宙ガニのフライ』と『天の川パン』、ヘクトは『宇宙マーマンのホットドッグ』を注文する。


 もちろん、いずれも実際にその料理が出てくるわけではなく、レストランの設定した料理名だ。注文してから約50秒後、すぐに料理は出てきた。


 フライが纏った衣は湿っていて柔らかく、均一に温められている。ホットドッグに挟まれた肉はほんのりと熱を放ち、どこも同じ肉質だった。


 ここネオ・アルカディアで「食の喜び」を味わうことは容易ではない。少なくとも、本物の肉や、揚げたばかりのフライが食べられるのはセントラル区だけだ。


 元より食事に期待していなかった2人は、文句もなく店内を眺める。すると、レストランの壁の端から、ゆっくりと灰色の大きな光が滲み出してきた。


「お、見ろよカーバンクル。何か出てきたぜ」

「ん。……何アレ?」

「灰色の、デカイ石。穴が空いてる。隕石……のホログラムだな」


 大きな隕石のホログラムは、レストランの端から現れて反対側の壁めがけてゆっくりと飛んでいく。店内オブジェの一種だろう。


「なぁカーバンクル。こんな迷信を知ってるか? 流れ星に3回唱えると、願いが叶うっていう」

「知識としては。軍人は迷信深い人も多いから」


 少女は自らの頭を指でトントンと叩いた。「軍人」。彼女の頭の中にインストールされた戦闘データのうちの1つだ。


「あの話は嘘だが、全部が嘘じゃないんだ」

「……どういうこと?」

「まず、流れ星ってのは一瞬で過ぎ去っちまうよな? そんな流れ星に気付いて、3回夢を唱える。そんなことができるのはどんな奴だと思う?」

「そんなのは……ずっと頭の中でそのことについて考えてないと無理じゃない?」


 パンをもそもそと食べていた少女は、自分で話して、その言葉の意味に気付く。


「そういうことさ。一瞬の流れ星に、咄嗟に反応できるくらい夢で頭を一杯にしておくこと。これが夢をかなえる本当の条件だ」

「……つまり、あのホログラムに3回唱えても夢は叶わないってことだね」

「そうとも限らないけどな。やるだけタダだし、やってみたらどうだ?」


 少女は店内を横切っていく隕石を目で追いながら黙っている。


「ヘクトはなにか祈らないの?」

「俺か? そうだなぁ……やっぱ、カッコよく誰かを助けるような探偵の仕事がしたいよな。そういう依頼人でも現れないもんかねぇ」

「……私のときは、その……カッコよく、助けてくれたでしょ。アレじゃだめなの?」

「アレはお前が勝手に助かっただけっつーか。強すぎて助けた感じはしなかったが……いてっ!」


 ヘクトは脛に痛みを感じ悶えた。少女のキックが的確に脛を捉えていたのだ。骨が折れなかっただけかなり手加減したと見える。


「何しやがる!」

「別に」


 不機嫌になった彼女の心の機微を、ヘクトはまるで理解していなかった。



「次はなんのジェットコースターに乗ろうか」

「食った直後は勘弁してくれよ。最悪の雨を口から降らすことになるぞ」


 次の目的地を目指し、2人は人混みの中を歩いていた。そんな中、少女はふと足を止める。


「どうした、カーバンクル?」

「誰か来る」


 彼女が振り向いたと同時に、ヘクトもまたその足音を認識した。確かに、勢いよく走っている。その音が近付いてくる。


 まだ見えないその音が、人混みの中から飛び出してくる。


「あのっ……! 助けてください!」


 その女は、足をもつれさせるようにしてヘクトに抱きついてきた。赤いドレスを着た、長い黒髪の女だった。


「おおっ……!?」

「は……?」


 押し付けられた豊満な膨らみに、彼は思わずにやけ面を浮かべ、少女は苛立たしげにその様子を見る。


「お、おいおい、ちょっと待ってくれよ。アンタ誰だ? どうしたってんだ?」

「彼氏に……彼氏に殺されそうなんです! どうか助けて……!」


 そう言って涙を流す彼女に、ヘクトは眉をひそめていた。

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