カクヨムコン開催記念短編

Special Episode スペースランドホテル①

(――俺の名前はヘクト・ガザルス。サウス区で探偵をしていた男だ)


(3週間か、4週間ほど前。俺はサウス区のギャング『ブルームーン』を脅迫し、カーバンクルという名の元暗殺者を拾い、紆余曲折を経てビッグマネーを手にした)


 彼は脳内でそう述懐した。暗かった視界に、光が満ちてくる。青色の光。――地球と呼ばれるものだ。


(そしていま俺は、宇宙にいる。大気圏突入間近だ。俺が死んだら、俺の口座をカーバンクルって奴に渡してくれ。番号は――)


 出力しているのは彼の遺言状。こめかみに植えられたチップが言語野から思考を汲み取り、データとして保存する。


 彼が死亡した場合、その死体から然るべき手順で情報を抜き取れば、このメッセージを読み取ることもできるだろう。


 ガタン、と大きな音が鳴り、ヘクトの体が揺れる。青色の光の中に赤い閃光が混じり始める。高速で押し潰された空気が熱を持ち、赤い炎を放ち始めたのだ……!


(畜生! これまでか――!)


 思わず目を瞑り、目を伏せる。強く握りしめた拳に、そっと手のひらが添えられた。


「ヘクト、怖がりすぎでしょ」


 隣には半笑いで彼を見上げる少女の顔があった。元暗殺者、カーバンクル。ヘクトの相棒だ。


「ビビるに決まってるだろ! 死、死んだらどうする!」

「死なないよ。だって――」



「――これただの遊園地のアトラクションだよ」


 ガタン、と座席が揺れる。2人の前方に投影されたリアリティモデルムービーの中で、宇宙船が炎に包まれる。仄かな熱が客たちを包み込み、前方からの強い風圧に、若い女性客たちの悲鳴が響いた。


「うわあああああ! 助けてくれええぇ!!」

「隣のヘクトが気になって全然集中できないんだけど」

「ひいいいぃ! 隕石が! 馬鹿野郎ッぶつかるだろ! 真面目に舵取れ!」

「あんまいないよ。その熱量でアトラクションの映像に文句つける人」



『――ありがとう! 諸君の勇気のおかげで、無事に地球に戻ってくることができた!』

「テメェの勝手で大気圏突入になったんだろうが! クルーの命を危険に晒したことに弁明はねぇのかクソッタレ!」

「ヘクト……ヘクト。そろそろ戻ってきて、現実に。周りの目もあるから」


 少女はため息を吐きながら彼を宥めた。アトラクションの出口は、楽しげな笑みを浮かべる赤や緑の髪の若い人間が多かった。


 特徴的な髪の色はウエスト区特有のものだ。ここがウエスト区の遊園地であるがゆえに、やはり客もウエスト区の人間が多いのだろう。


「ほら、そこのベンチに座って。ドリンク買ってくるから」

「おお……ああ……」


 ヘクトはふらふらと、ロケットを模した座りにくい形のベンチに座った。


 だだっ広い遊園地の通路にはゴミ1つ落ちていない。自動清掃ロボットが、道行く人混みの足元を縫って速やかに清掃していく。


 ゴウ、という高速で大質量が動く音。それに合わせて近くなったり遠くなったりする叫び声。


 多くの家族や若者にとって楽園であるこの空間は、この日、この男にとってだけは――。


(地獄だ……。なんでこんなとこにいるんだっけか……)


 ヘクトはここまでの出来事を1から回想する――までもなく、頭の中で整理した。


 なんのことはない。2人の行動の主導権を握っているのは常にカーバンクルのほうだ。


「あの事件」を終え、ヘクト探偵事務所に転がり込むことになった彼女が、突然遊園地に行きたいと言ったのだ。


「へぇ、遊園地ねぇ。いいんじゃないか? 行ってこいよ」

「何言ってるの? ヘクトも一緒に行くんだよ」

「あん? おいおい、俺が遊園地なんか喜ぶ年に見えるか? それに俺は探偵なんだよ。本来、この事務所からあんま離れちゃいけねーんだって。いつ依頼人が来るか……」

「どうせ来ないでしょ。毎日暇じゃん」

「言うな! それを……!」


 ――それからどんな会話をしたかはもはや覚えていないが、とにかく彼は押し切られてここにいた。


「くそ……ジェットコースター、ジェットコースター、その次もジェットコースター……別のがいいっつったら、あの仮想コースターかよ。アイツの頭にはコースターしかねぇのか」

「失礼だな。他にもいろいろ考えてるよ」

「うおっ! も、戻ってきたのか」


 少女はヘクトにドリンクカップを差し出した。ストローを咥え、ズゴゴと音を立てながら吸うそれはよく冷えていて、何らかのフルーツの味がした。


 とはいえ、このネオ・アルカディアに本物のフルーツはほとんど無い。ごく少数が、宝石と似たような価格で取引されることはあるものの、基本的にはすべて調味料で再現された味に過ぎない。


 彼女はヘクトの隣に座ると、ビジュアルシートを取り出す。薄く小さな紙をスワイプすると、遊園地のアトラクション情報が表示される。


「コーヒーカップとか、ゴーカートとかもあるみたいだよ」

「一旦そういうスピード系から離れろよ! ゆったりしたものに乗らせてくれ。心臓がもたねぇよ」

「まったく、情けないな……」


 何が情けないだ、と毒づきながらも、彼は少女の表情を見る。


 いつもどおりの無表情。ではあるものの、その声にはどこか楽しげな感情が乗っていた。


「……ま、なんだ。ホテル以外の趣味も悪くないだろ?」

「うん。遊園地ってやつ、楽しいね」

「そいつは何よりだ」

「とはいっても、今回の目的地はやっぱりホテルなんだけどね」

「……なんだって?」


 少女はほら、とビジュアルシートを操作してからヘクトに見せる。


 そこには、『スペースランドホテル』の名と共にホテルの室内画像やビュッフェ形式の食事の画像が写っていた。


「ここの遊園地の敷地内にあるホテルでね。夜は閉園後の遊園地の中を歩けるらしいよ。さすがにアトラクションは動かないけど」

「……へーぇ。そういうホテルって結構高いんじゃねぇのか?」

「うん。1人40AM(アルカディア・マネー。日本円にして約4万円)くらい」


「おい。ちょっと待てよ。『1人』って言ったか? 俺は泊まらねぇぞ、そんな高いホテル!」

「でももう予約しちゃったよ。ヘクトの名前で」

「お前ッ! なんでそういうことをするんだ! 人の金を勝手に使うなっての!」

「お金ならたくさん持ってるでしょ。ギャングから巻き上げたやつ」

「持ってるが! アレだって無限じゃないんだ、それにショウの奴に払ったぶんとお前に払ったぶんで結構なくなってんだぞ!」


 ヘクトは早口でまくし立てたあと、ハァハァと肩で息をした。そんな彼の激情をどこ吹く風、と少女は静かに見つめている。


「そろそろお昼ご飯にしよっか」

「お前〜〜〜〜!!」


 彼女は歩いていってしまった。文句を言いながらも、ヘクトは追いかけるしかなかった。

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