Epilogue シルバーエッジプラザホテル①
コンボイ・セントラルタワービル前。地球型の巨大ホログラムオブジェが輝くはずの広場も、この時間には消灯されていた。時刻は深夜を越え、もはや朝になりつつある。
ヘクトは空を見上げ、煙草の煙を吹き上げていた。空には星一つ見えない。地上の光が、成層圏の先の微かな光を容易く覆い尽くしていたのだ。
それでも彼は、この街が好きだった。星が見えなくても、代わりに希望があちこちに転がっているように見えた。彼は半ば放心状態で、ただ空を見ていた。
ショウはすでに退散していた。一応、コンボイのハッカーに見つかることはなかったとのことだったが、念の為タワーからは離れたらしい。
それ故に、ヘクトは内部の様子がどうなっているのか、そもそも本当に少女があのビルにいたのかすらわかっていなかった。
(これで空振ってたら恥さらしどころの騒ぎじゃないな)
ヘクトは苦笑して、タバコを携帯灰皿に押し付けた。視線を空からタワー側に移す。その先に――見慣れた少女の姿があった。
「……探偵」
少女は膝を痛めたのか、少しぎこちない歩き方で彼のもとまでやってきた。それ以外に負傷の様子はない。
「信じてたぜ。カーバンクル」
彼女の服にはまたも返り血が付いていた。察するに、暴れてきたのだろう。逃げてきた、というには歩きに余裕がありすぎる。
つまり、もう彼女の敵は追ってこられる状態にない――死んだのだとヘクトは確信する。
「私、本当に……。生きていて、いいのかな」
「当たり前だ。これで邪魔する奴はもういなくなった」
ヘクトは少女を観察する。どうやら少女は、組織を潰す程度には吹っ切れたようだが、あとひと押しが足りないようだった。
生きるのに必要な炎。その種火は燃えているが、それを煽る風がない。
「なぁ。お前は何がしたい?」
「……?」
「何でもいい。頭に、心に思い浮かんだやりたいことを言ってみろ。全部な」
少女は目を見開いたり、俯いたり、眉をひそめたりと多彩な表情を見せた。恐る恐る、と言った様子で話しだす。
「セントラル区のまだ泊まったことないホテルに……泊まってみたい。セントラル区には、あんまり来れなかったから」
「他には?」
「……美味しいものが食べたい。ホテルじゃなくてもいいけど」
「他には?」
「……ホテルの近くを、探偵と一緒に歩いたりしたいな」
ホテルのことばかりだな。ヘクトは苦笑した。そこから先は、彼が促すまでもなく、少女は次々に夢を吐き出し始めた。
「他の国にも行ってみたい。どんなホテルがあるか見てみたい。
一日中ホテルの部屋の中でだらだらしてみたい。
それから、ホテル以外にも……楽しみを。自分が楽しめるものを見つけてみたい」
「……死んでる暇は、なさそうだな」
ヘクトの言葉に、少女はぎこちなく笑った。彼は再び空を見上げた。空は白くなり、太陽が登り始める。
「生きていてくれてよかったぜ。カーバンクル」
「探偵……」
「さて。じゃあ早速、お前の1つめの夢を叶えに行こうじゃないか」
そう言うとヘクトは、少女の手を引いて歩き出した。
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