Chapter8-3 ストレイ・キャット・アウェイクニング

「どうなっている……! なぜ未だに捕獲の連絡が来ない!」

「死んだのでしょうね。全員」


 『隊長』は、自らの組織の長に対し何事もないかのようにそう話す。その表情は冷静であるようにも、或いは何も考えていないようにも見える。


「馬鹿なことを言うな! 全員コンボイ社の製品で武装した連中だぞ! その上、トラップだって無数にあるはずだ!」

「今さらながら、全くもってカーバンクル計画は失敗でしたね。個の力を突き詰めた兵士。手綱を握れると確信があったとしても、そんなものを生むべきではなかった」


「貴様……知ったふうな口を利くな! アーサ――」

「おっと。私のことは『隊長』と呼んでいただきたいと言ったはずです」


 『隊長』は大真面目な顔でボスに指を向けた。彼は一瞬気圧され黙り込んだが、直後に真っ赤になって怒り出す。


「なんで組織の長のワシが貴様を隊長なんぞと呼ばなきゃならんのだ! まったく……! 貴様のような間抜けしかガードがおらんとは……!」

「言い様は心外ですが、安心していただきたい。私は今のこの組織の中では最強です」


「フン。アンドロイド兵よりか? ロクにインプラントもしておらん貴様が?」

「当然でしょう。コンボイの自動兵など、目をつぶっていても大破させられる」


 ボスはフン、と鼻を鳴らしドカリと椅子に座った。『隊長』は、歴戦の猛者だ。そもそも相手と戦うことなく一方的に殺すことを生業とする、「暗殺」組織で猛者というのもおかしな話だが、確かに彼は個としての力が極めて高い。


 暗殺も楽なビジネスではない。ただ適当に殺すだけならばチンピラにもできる。このネオ・アルカディアで暗殺を成し遂げるには、ボディガードを出し抜くか破る力、セキュリティを躱す判断力、証拠を残さない隠蔽力。それら全ての「戦う力」が必要なのだ。


 そんな暗殺稼業において、『隊長』の殺した人数は200人を越える。人数だけを見るならば、カーバンクルよりも多いのだ。


 ボスは念の為、そんな彼を護衛に置いた。少女が脱走したという報を聞き、すぐに彼を呼び出した。忌々しいが、彼が最も適任であることに間違いはなかった。


「来たようですね」


 『隊長』がそう言った直後に、自動ドアが開く。そこには、全身が返り血に塗れた少女の姿があった。


 これまでの連戦をまるで感じさせない、ただ散歩してきたかのような平静。呼吸1つも乱さぬまま、彼女はやって来た。


「……カーバンクル」


 少女はボスの声を聞き、その場で立ち止まる。


「わかった。我々の負けだ。お前の手配を解除する。賞金首も取り下げる」


 すぐに、少女は再び歩き始めた。ボスと、『隊長』に向かって。


「生かしておく……理由がない」

「私も同感だ。私が君の立場なら、ボスを生かしはしない。戦いを終わらせる最良の手段は、相手を殺すことだからな」


 『隊長』はゆったりと歩き、少女の前に立ちはだかった。彼も、少女も、何らの構えもない。両手は下がったままだ。


「あらゆる戦士の力を統合した、完璧なる暗殺者。……お前には弱点がある」


 『隊長』は両手を広げた。インプラントではない生身の手だ。武器はない。


「ボクシングの世界チャンプの動きが脳に刻まれていても、お前は世界チャンプではない。その肉体は女の、子供のもの。それ故に、お前には火力を補うための武器が要る」


 次に『隊長』は着ていたジャケットを脱いだ。


「この部屋に武器はない。私も武器を持っていない。そうなると、純粋な体術で戦わなくてはならない……とはいえ、体術だとしてもそこらの相手にそうそう負けることはないだろうが」

「……そうだね」


 『隊長』の指摘は正しかった。脳のインプラントに搭載された、数百人の戦闘家の戦闘データというソフトウェア。


 それは紛れもなく最強の証――しかしそれを積むハードウェアは、あくまでも少女の肉体でしかないのだ。


「私は強いぞ。システマを30年……か40年? とにかくそれくらいやり続けてきた。旧世界のロシアの格闘技術だ。どちらかというと軍用のものだが」


 少女にとって天敵となるのは、まさに『隊長』のように、武器を一切用いることなく相手を殺せる武術家だ。


 前もって武器を持っているならともかく、ここに来るまでの間に拾った武器は全て使い切ってしまっていた。


 システマは決まった型のない軍隊格闘術だ。少女の脳内の情報もさほど役には立たない。


 それでも。彼女は負けるつもりはなかった。


「……10秒だね」

「ああ。10秒で済ませよう」


 少女の目が赤く輝く。彼女と『隊長』。――それらを除く時間が鈍化していく。

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