Chapter8-2 ストレイ・キャット・アウェイクニング

「た、ん……てい?」

『これがお前に聞こえているかどうかはどうでもいい。お前に伝えたいことがある。聞け』

「何だこの放送は……!?」


 手術室にいる人間たちが焦り始める。少女の意識は耳に傾けられていた。もう聞くことはないと思っていた、ヘクトの声だ。


『お前は自分が死ぬべきだと言ったな。それはどこの誰に言われたことだ?』

「…………」


『それを言ったやつはお前よりも強いのか? 強くないんなら、そんな奴はぶっ殺してやればいい。お前が生きて幸せになることを望まないやつがいるなら……全員まとめてぶっ殺せばいい』


 ヘクトの言葉を、少女は無心で聞いていた。どうしてここで彼の声が聞こえるのか、なんてことを考える余裕はなかった。


『そうして文句を言うやつを全員ぶっ殺せば、残る全員がお前の幸せを歓迎する』


 少女の口角が微かに動いた。ヘクトらしい暴論だ。あるいは、「この時代らしい」と言い換えることもできる。


『人殺しでも裏切者でも関係ない。生きてる限りお前には幸せになる権利がある。文句なんか誰にも言わせるな!

 お前にも好きなものがあるんだろ。行きたい場所だってあるんだろ。死ぬべきだとか言ったって、お前は今日まで生きてきた。お前が死ぬべき理由だとか以外にも、死なない理由だってあるはずだ!』


「……!」

『――死にたくないなら生きやがれ!』


 少女は手術台に寝たまま、その目を開いた。瞳が、赤色の光を放ち始める。


 それを見た手術担当者が慌てて注射器を持って、少女の腕を掴む――次の瞬間、彼の腕は少女によって捻り上げられ、逆に自らの首に注射針を突き刺された。


「うぐぁっ……!?」

『それでももし、お前が。他ならぬお前自身が、自分が幸せに生きるための邪魔をしてるなら――』


 周囲の時間が鈍化し、周りの人間の動きが緩やかになっていく。脳に刻まれたインプラントの力で、少女自身の知覚と思考が加速していく。


『ソイツを殺して生まれ変われ。幸せになってもいい自分に!』


 再びハウリングとともに、音声が途切れた。少女の瞳は鋭く輝き、ありとあらゆる情報を視覚化した。



2秒31 少女はもう1人の手術室の男の首に、置いてあったメスを突き刺す。気管支切断。脊椎損傷。


11秒26 コンボイ・セントラルタワービルのフェイクフラワーズ部署に警報が鳴り始めた。『被験体が脱走。繰り返す、被験体が脱走。戦闘員はただちに、74階に急行せよ』


36秒74 少女は歩いてエレベーターに向かう。そのエレベーターが開き、中からライフルを手にした隊員が3名現れる。


52秒11 最後の1人が、奪われた銃で頭を撃ち抜かれる。頭蓋骨開放骨折、脳損傷。即死とともに、頭部内インプラントが火花を立てて壊れる。


1分49秒17 少女が乗ったエレベーターの上限階、80階にて――7名の隊員が銃を構え、エレベーターが開くのを待ち構えている。


2分12秒85 エレベーターの扉が開くと同時に、全員が発砲。


2分20秒64 発砲停止。隊員たちがエレベーターに歩み寄る。……そこには何もいない。


2分34秒47 エレベーター内に1人の隊員が入った瞬間、天井裏に潜んでいた少女が奇襲。上から飛び掛かられ、首を折られる。頚椎を骨折し、即死。


3分06秒06 残る6名を全滅させ、少女は廊下を歩き始める。警報は鳴り止まない。


4分31秒65 警備用アンドロイド、及び警備用ドローンが5機ずつ、少女に向かってくる。


4分34秒12 少女がアンドロイドらを見つめる。


4分39秒61 アンドロイドの兵は全員、自らの頭――コアCPUに向けて持っていた銃を発砲。ドローンは内部CPUを不必要に加熱させ、爆発した。


5分42秒63 近接格闘戦闘部隊が、少女と交戦を開始する。


6分01秒01 少女の人差し指、中指による刺突が男の左目に突き刺さる。眼球を避け、頭蓋の奥に突き刺す――失明と同時に失神。近接格闘戦闘部隊、全滅。


7分33秒18 少女が廊下の1区画に差し掛かると、その前方の天井から2つのタレットが展開される。


7分35秒29 少女がタレットを見つめる。


7分43秒76 タレットがお互いに銃口を向け合い、機銃を掃射。ハッキングにより操作を狂わされ、各々の弾丸により大破。


8分24秒49 少女が再びエレベーターに乗り込む――


8分24秒49 ――一方で、フェイクフラワーズのボスと言える存在がいる部屋にて――ボスは、1人の男と向かい合っていた。

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