Chapter7-1 ヘクト探偵事務所
そんな通常のホテルと一線を画す変わった夜を越えて、2人は再び、どこに敵がいるかもわからないサウス区に放り出されることになった。
あと約8日間。実際には、裁判に間に合わせたければ相手が泣きを入れる猶予は6日程度。
そこまで来ていながら、ヘクトは窮地に陥っていた。寝る場所がない。朝から2軒ほど少女だけでホテルに入ろうとしたものの、コンボイを介したホテルの封鎖はすでにサウス区にも及んでいた。
そうなると、もはやまともなホテルはおろか、昨日のようなカプセルホテルにすら宿泊できなくなるだろう。
「参ったなぁ……」
困り果てるヘクトと少女。ヘクトは拾ったマスクで顔を隠しながら、慣れ親しんだサウスの街を歩く。
「そういやカーバンクル。俺の事務所はこの近くにあるんだよ。寄っていくか?」
「……事務所なんて、真っ先に見張られてるんじゃない?」
「まぁ、一応確認だけな。もしかしたら案外、何もないとわかってもう監視も置いてないって線も……」
ひとまず、今夜を過ごす場所が必要なのは事実だ。もし見張られていても、最悪の場合監視しているギャングを全員仕留めてしまえば問題ない。
少女はいつにも増して元気なく、俯いて歩いた。その様子を気には留めつつ、ヘクトは事務所への案内を優先した。
やがて見えてきたのは、ボロボロの雑居ビルだ。窓ガラスは割れ、壁の塗装は剥げ落ち、まるで廃墟のような有様である。
「……ここ? 本当に?」
「いや……ここまで酷くはなかったはずなんだが」
入り口と2階廊下に人がいないのを確認して、ヘクトは安堵した。彼は階段を上がり、事務所のドアを開く。室内に入ると、そこはいつも通り――否、いつもを遥かに超えた散らかりようだった。
机周りは紙束や本が散乱していて足の踏み場もない。ソファは破壊された痕跡があり、中のスポンジが露出していた。
床に転がったコーヒーカップは完全に砕けている。壁にかけられた鏡もまた割れて、床に散乱していた。
「汚すぎる!」
「だからちげぇって! 見りゃわかるだろ!?」
2人はしばらく黙り込む。少女は辺りを見回してから、頷く。
「よくこんな場所で暮らせるね!」
「荒らされたんだっつーの! ギャングが押し入ったんだろうよ。ついでに腹いせにいろいろぶっ壊していったみたいだが」
それにしても実に短絡的な行動だと言える。その場にいたギャングの苛立ちが目に見えるようだ。
鏡など割って何になるというのか。ヘクトは荒らされた事務所を見て、この原状回復代も請求してやると誓った。
「まぁ、なんだ。ホテルみたいなもてなしはさすがに無理かもしれないが。しばらくはここで歓迎させてもらうぜ」
「……ふーん」
少女はその言葉にクスリと笑った。ボロボロのソファに座る。
「じゃあ、とりあえずまずは部屋を片付けてもらえるかな……」
「……はい、お客様」
ホテルマンヘクトの業務はまず、荒らされ放題された部屋を元に戻すところからスタートすることになったのだった。
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