Chapter6-1 カプセルホテル「レッドボックス」
「――どうなってんだよ。これで3軒目だぜ、宿泊拒否されんの」
ホバータクシーに乗りながら、ヘクトは貧乏揺すりをしていた。その横の少女も、いつも以上に仏頂面だ。
2人はスーパーマーケットを出ていつものようにホテルに向かったものの、満室であったり、改装中だと言われたり、挙げ句に「諸般の事情で」宿泊を拒否されていた。
時刻は午後を回り、夜が近づいてきている。ヘクトは焦っていた。このままでは今日の寝床が無い。
「これじゃ野宿する羽目になるぜ。俺らなんかやっちまったのか?」
「うーん……」
少女は考え込んで腕を組む。思いつかない。先ほどスーパーマーケットで何人も死傷者を出す大暴れをした以外には何も。
「とりあえず、次のホテルに行ってみよう。多少安くてもいいからさ」
「そうだな……。でも、次もダメだったら、本格的にな〜んかヤバそうだよな。マジで野宿を考えないとまずいかもしれん――」
そう気怠げにヘクトが呟くと、少女は身を乗り出して彼の顔を見てきた。
「……なんだよ」
「ダメだからね。野宿なんて絶対しないから」
「いや、でもこの調子でどこのホテルも入れないんだったら――」
「ダメ。だか。らね」
有無を言わせない少女の圧に屈して、ヘクトは頷いた。確かに少女の言う通り、このネオ・アルカディアでの野宿は本当に最終手段だ。
ギャングには襲われ、朝晩は寒く、硬い地面での睡眠は体力を奪われる。それはできるだけ避けたかった。
それからしばらくして、2人はとあるホテルのロビーにいた。ヘクトはフロントのカウンターに肘をつき、ホテルマンに詰め寄る。
「なあ、1部屋くらい空いてんだろ!? 俺とコイツで寝るだけなんだ!」
それでもホテルマンは首を横に振るばかりだった。「申し訳ございませんが……」と言うだけだ。
次の瞬間には、また手元の端末を操作し始めた。おそらく予約状況を確認しているのだろう。結果は同じだったようで、彼はさも残念そうに首を振った。
「……本日ご用意できるお部屋は1部屋もございません」
「……マジかよ」
「はい。申し訳ありませんが」
ホテルマンが申し訳なさそうに頭を下げるのを見て、ヘクトは小さく舌打ちした。その横で黙っていた少女が口を開く。
「なんで嘘を吐くの?」
その冷たい声を浴びせられた途端、ホテルマンの顔色が変わる。怯えているようにすら見えた。それを見た少女はさらに言葉を続ける。
「部屋は空いてるよね。301、302、405、408……それに5階以上はだいたいどこも空いてる」
「な――」
ホテルマンは手元の端末を慌てて隠す。どこかから少女に見られたと思ったのだろう。真相は、待っている間に少女がホテルの予約システムをハックし、現在埋まっている部屋を調べたのだ。
「と……とにかく、申し訳ありませんが、お引き取りください」
「オイオイ、そんなんで納得できるわけ――」
食ってかかろうとするヘクトのコートの裾を少女が引っ張る。小さく首を横に振った。
「諦めて帰ろう、探偵。行くよ」
そう言って彼女は出口へと歩き出した。渋々、彼もそれに続く。ホテル前に止まらせていたホバータクシーに乗り込んだ。
「ちょっと、あの人の手元の端末をハックしたんだけど……私が指名手配されてる」
「なに……?」
「私の顔と一緒に、こいつを宿泊させるなっていう指令が届いてた。……コンボイ社から」
「……マジ? なんでだよ!?」
ホバータクシーの後部座席に座る2人の間に、不穏な空気が流れる。これは少女だけの問題ではないのだ。ヘクトもまた逃亡中の身。ホテルなどの、ある程度安全な居場所がなければならない。
「もし野宿……ってなったら、明らかにまずいよな。コンボイ社の連中が本格的に動いてるなら、朝でも夜でも構わず仕掛けてくるぜ」
「私のモチベーションも大きく落ちる」
「それはどうでもいい!」
いや、どうでもよくはないのかもしれないが……とにかく、ホテルなどの屋内に踏み込まれるのと、野宿の状態をノータイムで襲われるのとでは、僅かながら大きく差があった。
敵の数は恐らく無尽蔵。となれば、その僅かずつのダメージの蓄積が、少女を最終的に討ち取る可能性もある……。
「……仕方ない。こうなったら最後の手段だ」
しばらくの沈黙の後、ヘクトはそう言って顔を上げた。「え?」と少女が反応する。
「サウス区に行くぞ。俺の行きつけのホテルがある。あそこのオーナーとはちょっとした知り合いでな……事情を話せば一晩くらいは泊めてくれるはずさ」
「でも、サウス区は……」
ヘクトを追っているのはサウス区のギャングだ。今サウス区に戻るのは、敵の巣に飛び込むようなものだ。
「他に手もねぇだろ。確かに俺は追われてるし、向こうは血眼になって俺を探してるんだろうが……奴らはウエスト区とイースト区でそれぞれ俺を発見してる。つまり逃げ回ってることは知ってんだ。
そんな状態でサウスに戻ってくるとは思わねぇだろ? 案外、隙を突けるかもしれねぇ」
もちろん、危険な行為であることに変わりはない。それはヘクトが自分に言い聞かせているかのような危険で細い安全性だった。
それでも、他に手はない。タクシーはサウス区に向けて走り出すのだった。
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