幕間 迫り来る脅威
しばらく後、イースト区のゴミ捨て場にて。スーパーマーケットで手酷い敗北を喫した男は、意識を取り戻した。
「……ここは……」
「イースト区のゴミ捨て場だ。報告しろ」
彼のスーツはところどころが焼けて破れ、酷い有様だった。鈍い頭の痛みを抱えながら、彼は他のスーツの男――フェイクフラワーズの2人組を前にしていた。
「カ……カーバンクルと交戦した。恐ろしい相手だった……この俺が、一方的に――」
「お前の感想は聞いていない。奴と話しただろう。有益な情報はないのか」
男は無感情にスーツの男の言葉を遮った。それに対して異を唱えることもなく、スーツの男は再び話し始める。
「や、奴は……ホテルに泊まっている、と言っていた。逃げ隠れていたわけではなく、ホテルにいただけだと……」
「ホテル? ……そうか。どこかのアーコロジーにでも隠れていると思っていたが……ホテル。ホテルか……」
その男は、こめかみに手を当てどこかと通信を始めた。そうしながら歩いていく。
「隊長。この男はどうしますか?」
「殺せ。どうせ役に立たない」
無慈悲な指令が下った。それを聞き、部下の男がスーツの男に歩み寄っていく。
「おい……待て。私はまだやれる……! まだ、組織に貢献――」
男が、彼の口を塞ぐ。それから、口を塞ぐ手の中から杭状の棘が飛び出す――パイルバンカーのような機能を備えたサイバーアームだ。
その杭に脳幹を破壊され、男は痙攣し息絶える。
「そいつの目から映像を抜いておいてくれ。それを使って手配する。一度見つけてしまった以上、何としてでも捕まえねばならない」
「は」
息絶えた男のこめかみのあたりを探り、小さなチップを取り出す。彼はそれを隊長と呼んだ男に渡した。男はチップを自らの頭に挿れる。
「……うむ、間違いなくカーバンクルのようだ。この映像を元に、ネオ・アルカディア全域のホテルに令を出す。この子供を泊まらせないように」
「泊まらせないように……ですか? お言葉ですが……そのホテルに協力させて、居場所を知ってから我々で襲った方がいいのでは」
「屍の山だ」
隊長と呼ばれた男は電子タバコを取り出し、それを吸い始める。口から吐き出されるのは水蒸気だ。
「私は以前のカーバンクルを知っている。多少不意を突いた程度でどうにかなる相手ではない」
「……何故そんなに強いのですか? 特殊なインプラントでも?」
「ああ。奴の眼と……脳に、非常に特殊なインプラントが施されている」
そう言うと、彼は空中に画面を投影し、部下の男に見せた。目と、脳が書かれた図面だ。
「通常――脳へのインプラントは不可能なのは知っての通りだ。拒否反応によって脳がダメになる。が、それに成功したのがあの個体だ」
「拒否反応なく脳にインプラント、ですか。どうやってそんな……」
「語るほど大したことじゃない。単に、拒否反応が出ない当たりを引くまで何人もダメにしただけらしい」
「は、はぁ……。それで、そうまでして一体何を脳にインストールしてるんです?」
「『戦闘データ』だ。過去百年近い年月の中の、何百人という武術家やら軍人、殺し屋。そういう奴らの戦い方、考え方をインストールしている。
つまり、見た目だけは可愛いお嬢さんだが……その実、カンフーマスターであり、ボクシングチャンピオンであり、旧戦争を生き延びた軍人であり、100人殺したアサシンでもある」
部下の男は、隊長の出した図面、そこに表示された大量の名前を見る。カーバンクルの脳内にインストールされた戦闘データ、その元となった人物たちだ。
レオ・フィンガーズ、イェン・パオラン、ゴウゾウ・シオダ、アレクサンダー・ターツ……歴史に名を残すような人間ばかりが書かれている。
「そういう戦闘経験もあってか、とにかく勘もいい。おまけに一部の連中の記憶と知識の影響でハッキングも一流だ。
……だから正直、追いたくはないんだ。良くて相討ち、悪ければ返り討ちなのが目に見える。
とはいえ今回の場合、一応見つけてしまったわけでな。曲がりなりにも捕獲命令が出ている相手。発見報告を無視することは、組織としての手前できない」
隊長はため息とともに大量の水蒸気を吐き出した。悪臭はなく、フルーツのような匂いがする。
「聞けば聞くほど、ホテルを封鎖したところで意味があるとは思えませんが……」
「どうかな。ホテルに泊まり歩いているということはつまり、決まった住居がないということだ。その状態でホテルが塞がれれば、奴は家無しだ。
家がないというのは想像以上にハードだぞ。眠れない、体も洗えない、気も休まらない。それに、あの訳のわからない子供に協力者なんているはずもないしな」
「なるほど。つまり、体力を削る、と」
「そういうことだ。まずは優先して、イースト区のホテルにお触れを出させた。奴に今夜の宿はない。
あとは、ドローンか兵でも少しずつぶつけていく。1人につき1つの傷でも付けられれば上出来だ。それを100回繰り返せば、満身創痍なわけだからな……」
そう笑って、男は電子タバコを地面に落とし、踏み砕いた……直後に「あぁー!」と叫んだ。
「何やってるんです、隊長」
「クソ、紙タバコのときの癖で……火を消そうとして……」
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