Chapter5-5 ショッピングモールの死闘

「――あなたみたいな追手を殺したくなかったから」


 そんな少女の宣言に、ヘクトはむしろ不安を抱かざるを得なかった。なにしろ、相手はコンボイの私兵。いわば暴力のプロだ。あの体も、どれほど機械化されているかわからない。


 その上、あの暗闇の混沌の渦中にいながら傷1つ負わない実力。


 ヘクトが今まで見てきた少女の実力はたしかに脅威だが、あくまでギャングや素人崩れのヒットマン相手のもの。体格差だけを見ても、少女の勝ち目は全く見えない。


「おい、カーバンクル……! 無茶はやめろ! 今ならもう逃げられるだろ!」

「お仲間は懸命だぞ、小娘。もっとも、逃がしてやるつもりはないがね」

「大丈夫だよ探偵。たぶん……12秒……」


 少女の瞳が強く光る。そして、時間が緩くなり始め――


0秒12 男の右腕がポケットから引き抜かれる。その手にはナイフが握られている。


0秒28 姿勢を低くした少女が男の懐に飛び込む。


0秒54 男が少女の首筋めがけナイフを振り下ろす。


0秒56 少女がポケットからレンチを取り出す。


0秒62 少女がレンチで男の手を右に向かって叩き、ナイフの軌道を逸らす。


0秒87 男は弾かれたナイフと腕を引き戻そうとする。


1秒03 少女が男の顔面めがけてレンチを投げる。


1秒21 男は飛んでくるレンチを首だけ避けて回避。


1秒24 再び男がナイフを構える。動きを読ませないよう、ユラユラと刃を揺らす。


2秒35 しばらく、互いに動きがない状態が続く。


3秒19 予備動作なく、男が前進。同時に少女の首元にナイフを突き出す。


3秒21 少女がナイフを避ける。


3秒24 さらに男が前進し、少女との距離を詰めようとする。


3秒29 少女が前進しようとする男の膝を蹴り、移動を牽制する。


3秒52 少女は距離を取り、後ろに下がる。不安定な、倒れた商品棚の上に立つ。


3秒83 少女はもう片方のポケットからスマートガンを取り出し構える。


3秒91 「――!」男は咄嗟に片腕で頭を隠す。


3秒94 男の腕部分のスーツが破れ、そこから鋼鉄製のシールドが展開される。


4秒22 男がシールドを構えながら突進する。


4秒34 少女は倒れた商品棚を足場に飛び上がる。その光景はシールドに覆われ、男の視界には入っていない。


4秒51 男が倒れた商品棚に足をかける。同時に、そこにすでに少女がいないことに気付く。


4秒54 少女が男の背後に着地。


4秒57 少女が体を半回転させ、虎尾脚(中国拳法)を男に放つ。


4秒59 体重が加わったその蹴りで男は姿勢を崩す。不安定な棚に足をかけていたこともあり、そのまま前方に転けてしまう。


4秒82 男は咄嗟に手をつき起き上がろうとするが、重い体重ゆえに棚が外れ、支えを失って再び倒れる。


5秒01 少女は近くの棚にあった酒を手に取る。合成アルコールウイスキー――度数の高い酒だ。


5秒18 少女はボトルを棚の角に叩きつけて割ると、中から溢れた酒を倒れたままの男に散布する。


5秒41 男が地面に手を付き、起き上がる。


5秒46 少女は落ちていたライターを手に取り、着火。男に放り投げる。


5秒52 男の体に付着していたアルコールにライターの火が引火。炎に全身が包まれる。


5秒89 「ぐッ……がッ……!」男が悶え、その場で動けなくなる。


6秒11 少女は手にした酒のボトルで、男の眉間を殴打。鼻根筋裂傷。脳震盪。


6秒33 男が再び倒れる。今度はもはや、起き上がることはなかった。


 平常通りに進む時間の中で、男を包んだ火を火災報知器が検知しスプリンクラーが作動する。意識を失ったままの男の火が消されていく。


「ごめん、6秒だった……。まぁいいよね」

「あ――あぁ。そりゃ別に、どっちでもいい、けど……」


 ヘクトは戦慄していた。あの男とて、決して弱くはなかったのだろう。それは彼の戦闘の痕跡を見れば明らかだ。少女は、それを遥かに凌駕していた。彼女の強さに底はないのだろうか?


「それより、もう出よっか。ギャングも全滅したみたいだしね……」


 ヘクトは少女に聞きたいことは山ほどあった。コンボイの私兵、フェイクフラワーズの暗殺者。それが彼女の正体なのか。

 だとすればなぜ逃げ、なぜ追われているのか。その馬鹿げた強さはどういうことなのか。


 ヘクトはそれを尋ねようとして、首を横に振る。今は逃げることが優先だ。これだけの騒ぎが起きれば、いかにイースト区といえどポリスが来る。そうなる前に、一旦離れなければならなかった。



『マーケットストア・クリンジ』

★☆☆☆☆

 突然追い出されたと思ったら、サウス区のギャングに襲われていたらしい。

 この店、イースト区のギャングの保護区に入ってないのかよ。

 警備員は雇ってたみたいだけど、そんなのこの時代に役に立つかよ。いいからギャングに金払え、貧乏店!


 ――スーパーマーケットの匿名レビューより。

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