Chapter5-4 ショッピングモールの死闘
あとはヘクトと再度合流しなくてはならない。少女は近くの商品棚から使えるものがないかを探す。
彼女がいたのは食品コーナーらしく、調味料の瓶があった。彼女はそれを床に叩きつける。ガラスが割れる音は、銃撃戦の音に紛れ誰も聞くことはない。
割れた瓶を手に持ち、タバスコをパーカーのポケットに入れ、再び少女は移動する。その先にいたのはスーツの男だ。棚を盾にして銃撃戦の最中らしい。暗闇で視界も狭くなり、こちらに気付いていない。
彼女はその首の後ろに、割れた瓶の断面を突き刺してから回転させた。肩甲挙筋断裂。脊椎損傷。
意識を失った男からハンドガンを奪う――が、個人認証が必要なスマートガンだ。引き金がロックされて使えない。
仕方なく、少女は再び男にハンドガンを握らせた。認証が通り、銃身が鈍く光を放つ。
それから倒れた男の手だけを持ち上げて銃を構えさせ、商品棚の隙間から、さらに2ブロックほど奥の棚の裏に隠れるギャングに狙いを済まし、引き金を引かせた。
暗闇であるにも拘わらず少女の狙いは異様に正確だった。弾丸は発射され、ギャングの男の眉間に命中する。
「うッ――」
狙ったポイントは致命といえど、このハンドガンの有効射程距離ではない。弾丸は減速し、頭蓋骨に罅を入れた程度で止まるだろう。少女は再び移動を開始する。
「うわっ!? 誰だお前――」
その最中、少女は真正面からギャングと鉢合わせてしまった。両目にインプラントを施した男だ。それだけに、暗い中でもこちらが見えているようだ。
彼が戦闘態勢に入る前に、少女はおもむろに近くの商品棚を蹴って、三角跳びの要領で飛び上がった。
「な――」
ポケットの中で蓋を外しておいたタバスコの瓶の先端部分を、少女は相手の眼窩に突き刺した。漏れ出した香辛料が、彼の目の内側を焼く。
「ぎゃあああああああ!!」
インプラントゆえに失明の心配はないが、しばらく……少なくとも1週間程度は痛みは引かないだろう。激しい叫び声を上げる男から速やかに離れ、少女は走り出す。
それから、さらに数ブロック走ったところで、ようやくヘクトの姿を見つけた。
「ヘクト!」
「うおおお!?」
棚の近くに屈んでいたヘクトは、驚き少女に銃を向けた。指はトリガーに掛かっていたが、ギリギリのところで引き金を引かずには済んだ。彼は大きなため息を吐く。
「よかった……お前か。オイ、こんな危険地帯に俺を置いていくなよ……!」
「情けないこと言わないの。無事だったからよかったでしょ」
「ああ、そうかもな。ボディガードが言ってるってところ以外は最高のセリフだ」
ヘクトが隠れていたのは生体機械パーツのコーナーだった。自分のサイバーウェアを「日曜大工」するのに使ったり、はたまた改造専門の闇医者がここで買っていったりする。
それぞれのパーツは大きな機械ケースに入っており、他の商品棚らと違って、ケースが完全に視界を遮っている。他の場所に隠れるよりずっと隠蔽性は高い。
ヘクトは恐れながら(少女は落ち着き払って)外の音を聞いていた。悲鳴や銃撃音、破壊音が少しずつ少なくなっていく。
決着がついたのか、それとも、どちらも撤退していったのか。
「……どうなった? 同士討ちか?」
「そうなったらいいとは思うけど……。そう綺麗に全滅はしないと思うよ」
とはいえ、数が減ったことは間違いない。少女は立ち上がり、残った敵を確認するために歩き出す。
スーパーマーケットはまさに屍の山で、血の臭いが立ち込めている。死屍累々のマーケット内を歩きながら、少女はなぎ倒された商品棚からいくつか道具を調達する。
そうして移動しながら――2人は暗がりの中に立つ1人の男を視認した。スーツの男だ。
全身に返り血を浴びて佇んでおり、周りにはギャングたちの死体が散乱している。対する彼は傷1つも負った様子がなく、他の構成員とは明らかに格が違う相手のようだ。
「お前がカーバンクル……だな。フェイクフラワーズの最高傑作の暗殺者、だそうだが」
男は少女に気付くとその全身をジロジロと眺め、侮蔑的に笑った。
「所詮はただのおとぎ話か。ただの小娘だ。こうして直接見ればわかる」
少女は構えることなく、無表情でその男を見つめ返す。男はなおも得意げに続けた。
「組織も間抜けだ。使用をトレースできない完璧な偽造パーソナルカード。暗殺に使うためにそんなものを持たせたがために、今の今まで脱走者を見つけられなかった。
お前が油断して、コンボイの系列ホテルなんかに入らなければ、今も見つけられなかったろう」
(……一体何がどうなってんだ)
その会話を聞きながら、ヘクトは必死に思考を整理していた。
少女の正体は、フェイクフラワーズ――コンボイ社の暗殺組織の人間。それも最高傑作と呼ばれていた。なのに、脱走した。そのため組織に追われていた。
この男が言う通りなら、セントラル区での宿泊がきっかけで少女はついに居場所を特定されてしまった。このスーパーマーケットでの大混戦も、それが原因なのか。
「ふっ。それにしても、そんな体で2年間もよく追跡を躱せたものだ。サウス区のスラムにでもいたのかわからんが、必死に逃げ続けたのに残念だったな」
男は重ねて少女を挑発した。いつものように、少女からの反応はない。その無反応に男が苛つくのも、当然のことだったかもしれない。
「……私は逃げてたわけじゃなくて、ただホテルで暮らしてただけ」
それからようやく、少女は口を開いた。その瞳が、徐々に赤い光を放ち始める。
「それに、私が今まで姿を見せなかったのは」
少女は体の調子を確かめるように、両手を握ったり開いたりする。
「――あなたみたいな追手を殺したくなかったから」
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