Chapter5-3 ショッピングモールの死闘
そうして2人が西側出入口に辿り着くと、ちょうどそこで誰かが揉めているのが見えた。どうやら、入ろうとしている客と揉めているらしい。
「だから! この店は今、俺たちブルームーンが占拠してるっつってんだよ」
「下らんことを言うな。我々は急いでいる」
ギャングと話しているのは、黒いスーツを着た集団だった。皆体格がよく、個を感じさせない見た目をしていた。少女はその集団を見て呟く。
「……まさか」
「どうした? あいつらを知ってるのか?」
ギャングの男は不満げに、スーツ姿の男にナイフを見せる。一触即発といった状態だ。
「怪我したくなけりゃ――」
直後に、発砲音が鳴った。水音とともに、ギャングの男の頭が破裂する。
「な――!?」
スーツの男によるものだった。彼は一瞬でギャングの顎に銃口を押し付け、ゼロ距離で銃を撃った。威力からして、かなりの口径のものだろう。
「探偵。引き返すよ」
今度は少女がヘクトを先導し、スーパーマーケットの中心部に向かって進む。マーケット内が騒がしくなり始めた。
「あのスーツ連中はなんだ!? ギャング相手にいきなりぶっ放しやがったぞ!」
ギャングの最大の武器とは「繋がり」だ。実際のところ、個々の戦闘能力を見るならば、格闘家でも連れてきたほうが遥かに強い。
しかし、1人に手を出せばギャング全体を敵に回す――ギャングの男1人の裏にある組織力こそが、彼らの本当の武器なのだ。
スーツの男らの行為は、その繋がりを恐れていないという宣言に他ならない。それができるのは、より強い組織力を持つギャングか、あるいは――企業。
「フェイクフラワーズ。コンボイの暗殺部隊だよ」
「あぁ!? コンボイって……嘘だろ!?」
ネオ・アルカディアの支配者、コンボイ社。この世界で支配者として君臨するからには、当然暴力の備えはあるだろうが、暗殺のための部隊がいるなどヘクトは聞いたこともない。
しかも、なぜ少女がそれを知っていて、なぜ彼らがこんなスーパーを訪れるのか?
「ホテルで襲ってきたのと同じ。アレは私を狙ってる」
「……賞金狙い……か? 企業の奴らが?」
口に出してから、ヘクトはそれを頭で否定する。そんなはずがない。一般人から見れば一攫千金でも、コンボイ社から見れば少女の賞金など端金だ。
つまり少女は、元々コンボイ社に追われている――彼女にかけられた賞金も、そもそもコンボイがかけたものだと考えれば自然だ。
「企業関連のワケアリかよ。何者なんだ、お前……」
ヘクトは少女に問いかけたが、少女は答えなかった。そうこうしている内にも、スーツの男たちはゾロゾロと店内に入ってくる。ブルームーンも同様だ。
「俺はギャングに追われ、お前は企業に追われ……。しかもどういうわけか、そいつらが一箇所に集まりやがった」
どう考えても、万事休す。迫りくる足音から遠ざかるように、少女はヘクトを連れて店の奥へと歩く。
「畜生……まだ死にたくねぇぞ、こんなところで……!」
「……探偵」
少女は身を低くして、ヘクトの目を真っ直ぐに見つめてきた。その赤い、宝石のような目が彼を射抜く。
「探偵は死にたくない?」
「当たり前だろ。誰だって死にたくねぇよ。しかも、俺にはギャングから巻き上げるデカイ報酬が待ってんだ!」
「……わかった。じゃあ頑張るよ。隠れてて」
少女はヘクトの肩に手を置くと、一気に駆け出した。散開して捜索を始めていた黒スーツの男――『フェイクフラワーズ』のうち1人。彼女は彼に背後から近付くと、その膝裏を蹴った。
「うっ!?」
跪いた彼の首を両腕で抱え、一気に回転させる。コキリという音とともに頚椎が折れ、身体機能が停止。
彼女はそのまま、彼の腕を持ち上げて、彼が手にしていたハンドガンを発砲。弾丸を、遠くを歩いていたブルームーンの一員の腕に命中させた。
「ぐあっ! な……何だァ!?」
「おい、どうした!」
「誰かいやがる! スーツの奴だ! 撃ってきやがった!」
少女が望んだ通りの展開になりつつある。彼女はスーツの男をその場に残し、再び死角を伝って、マーケットのスタッフルームに入り込んだ。
そこにはすでに1人の見張りらしきギャングがいた。彼は少女が入ってきたことに気付き、眉をしかめる。
「なんだお嬢ちゃん。迷子かぁ? 今忙しいんだよ、さっさと――」
ズカズカと歩み寄ってきた彼の側頭部に、少女は近くの机に置かれていた灰皿をぶつけた。
「ぉあ――!?」
よろめいた彼の頭を少女は掴み、真正面から壁にぶつける。その衝撃で彼は脳震盪を起こし、気絶。その場に倒れた。
少女は手早くスタッフルームの中を調べた。彼女の目当てはブレーカーだった。
それを見つけた少女は、先ほど店内でくすねてきたドライバーでブレーカーを破壊――マーケット全体の照明が落ちる。
これで店内はさらに混乱し、またヘクトが見つかる可能性も低くなるだろう。
それから少女がスタッフルームを出ると、何発かの銃声が聞こえてきた。混じって怒号が聞こえてくる。
暗闇で半ばパニック状態の中、フェイクフラワーズとブルームーンがぶつかり始めたのだ。ここからは、会敵と同時に戦いが始まる。そこにはどちらかの暴力が残るだけだ。
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