Chapter4-7 グランドヴィラ第12支店
大体の状況を確認したヘクトは、自分の部屋に戻る。道中目についたドローン。これももしや、少女が破壊したものかもしれない。彼女は何らかのサイバーウェアで、機器へとハッキングができるらしいからだ。
とにかく、この大暴れの事情は本人から聞かなくてはならない。シャワーを流す音がするバスのドアに向かって彼は話しかける。
「話を聞いてもいいか? 部屋の状況は見てきた。ヒットマンに襲われたってとこだろ?」
「うん……まぁ、そう」
「で、ドローンは……その返り血を見られたから停止させたってとこか?」
「よくわかったね。さすが探偵」
「わからんのは……別にドローンまで壊さんでも、自分の部屋で血を流せばよかったんじゃないのか?」
「……死体と同じ部屋にいたくないじゃん……」
あんな凄惨な現場を作成しておいて今さらか……とは思ったが、そういうものなのかもしれない。
ネオ・アルカディアに生きる住民として、ヘクトも死体は山ほど見てきているが……確かに死体と同じ部屋で寝たり、風呂を浴びたことはない。
「しかしなぁ。ブルームーンの奴ら、しばらくは動かねぇと読んでたのに……この早さで、しかもセントラル区でこんな派手に仕掛けてくるとはよ」
「……そうだね」
「問題はやっぱり、ホテルにこれ見られたくねぇってことだよなぁ。こっちゃヒットマンに襲われてんのに、死体ってだけでポリスに通報されたら面倒だぜ」
「……それだけ?」
少女は呆気にとられたような、妙な声を上げた。ヘクトは「何がだ?」と首を傾げる。
「いや……人を殺したこととか……それについて、何もないの?」
「なんで。ネオ・アルカディアじゃ1日に30人か40人は死んでんだぞ。しかもほとんど殺人だ。殺しくらいよくあることだろ」
ヘクトにとって――否、多くのネオ・アルカディア市民にとって、少女の問いかけは不明瞭なものだった。人類史におけるこの新たな時代において、人の命は重いが軽い。日々人間が生まれては死んでいく。
普通の大人がギャングに襲われ死に、子供が事故で死に、ギャング自身が抗争で死に、「老衰」や「病死」は死亡率ランキングの上位から消えて久しい。
それだけに、そもそも今回のこの殺人さえ、正当防衛なら2週間程度の拘留で出てこられるものだ。殺人で溢れかえったこの国では、その量刑も小さくなる。
とはいえ、その2週間を今のヘクトは許容できない。あと10日後に裁判が始まる。
その間に自分が捕まっていたのでは、そもそもギャングとの取引も何もなくなる。故に、どうにかして手配をかわしたかったのだ。
「……私が怖かったりしないの?」
再び聞こえてきた少女の声は、シャワーの音の中に消え入りそうだった。
「何でだ。頼もしいと思うけどな」
「…………」
あれこれどうすべきかと考えていたヘクトは、やがて頭を掻きながら妙案を思いつく。……思いついてしまう。
「しゃーねぇなぁ。チップ作戦で行くか」
「チップ作戦……?」
「あぁ。実に簡単だぜ。まず、チップカードを……死体処理代の相場と、ガラス弁償代、テレビ弁償代、ついでに冷蔵庫代、あの部屋に置いていく。
そして、『突然襲われたので、正当防衛で彼らを殺しました。これはお詫びの代金です。面倒なのでポリスには内密に。でないと、ホテルのレビューを星1つにして、セキュリティが悪いと書かないといけません』……。こうメッセージを残しておく」
そもそもの話――もちろんホテル側も、飛行ビークル等からガラスを破って誰かが入ってくるなど考えていないのは当然だが――今回の襲撃はホテル側のセキュリティの問題なのだ。
今回襲われたのが化け物のような強さの少女だったから問題なかったものの、最悪の場合、ホテル内で客が襲われて死ぬという大スキャンダルだったわけだ。
となれば、ホテルも騒ぎを大きくしたくはない。弁償代のチップさえ置いておけば、あとはホテル側で勝手にやるだろう。金と退廃の国、ネオ・アルカディアにおけるスマートな最善策だ。だが……。
「はぁ〜……また出費が嵩んじまう……」
問題は金だ。この作戦にはそれなりの金が必要になってくる。今の自分の口座にどれだけの金がまだ残っているかはわからないが、背筋が冷えるのをヘクトは感じていた。
「……私が払うよ。今回のも……私が殺さずに済ませられればよかったわけだしね……」
「マ、マジか!? そいつぁ助かるぜ!」
思わぬ申し出にヘクトは飛びついた。これで、ひとまずの懸念事項は消えたことになる。
「……ねえ、探偵。ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「着る服がないかも……」
ヘクトはバスルーム前に脱ぎ置かれた血まみれの少女の服を見る。……血? そういえば……と彼は記憶を辿る。
「……あ!? たしか、リニューアルドライヤーって……血は駄目なんだっけか!?」
リニューアルドライヤーは、技術的にはあらゆる汚れを落とし、衣服を新品同様に戻すことができる。その例外として、血液があった。
血痕というものは、ポリスの犯罪捜査において様々な面から活用される要素だ。それ故に、誰も彼も簡単に返り血などの血液を消滅させてしまうと、ただでさえ低い犯罪検挙率がさらに下がってしまうと懸念されていた。
それ故に、市販のリニューアルドライヤーには、人間の血液を検出した場合動作を停止させ、ポリスに情報を送るという機能が搭載されている。
一応血液を落とす業者もいるものの、基本的に血で汚れた服は買い替えるのがこの国のルールだった。
「しゃーねぇなぁ。たしかホテルん中……3階にコンビニがあるとか言ってたよな? そこで何か買ってくる」
「ありがと……」
少女の礼を聞き届けて、ヘクトは部屋を出ていった。彼の部屋のバスルームには、ただ少女だけが残された。
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