Chapter4-6 グランドヴィラ第12支店
――ところが、夕食時になっても少女は現れなかった。連絡をしても返事はない。食事を終え、自分の部屋に戻り、時刻が9時を回る頃にはさすがにヘクトも心配に思い始めていた。
「……ったく。ま、よく考えりゃアイツもまだガキだしな……」
少しくらい強引に話を聞いてやるか。そう思ってベッドから立ち上がったそのときだった。部屋のチャイムが鳴ったのだ。
『警告! 警告! ホテル内の保安の観点から、調査――調――』
「なっ、なんだなんだ!?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは胡乱な内容のAIドローンの音声だった。
まさか、追手か。こんなときに限って。とはいえ幸いにして、ヘクトと少女は隣の部屋だ。この騒ぎで、彼女も外に出てくるはずだ。さすがにボディガードの仕事を放棄するほど凹んでいるわけでもないだろう。
そう考えながら、ヘクトは足音を殺してドアの前に立つ。
いや、先に武器を構えるべきだろうか。
いや、銃はセントラル区に入るときに渡したんだった……高鳴る心臓を押さえつつ、ヘクトは外の音を聞こうとする。
トン、トン。控えめにドアを叩く音に、ヘクトは思わず後ずさりそうになった。
「……探偵。開けて」
その後に聞こえてきたのは少女の声だ。良かった、どうやら外の出来事は制圧できたらしい……彼は安心してドアのロックを解除する。
「なんだよ、ビビらせやがって……。外で何が――」
そうして開いたドアから見えた外の光景は、ヘクトが一瞬で理解するには難しい光景だった。
まず目に入ったのは少女――全身が血だらけになっている――水色の髪が赤で汚れ、白いパーカーも黒々とした血が目立っている。
その背後には、火花を吐きながら地面に落ちた二機のAIドローンの姿もあった。一体全体何があったのか? とにかく、ヘクトは少女を急いで部屋に入れる。
「おい……! 大丈夫か、その怪我……!?」
「うん。シャワー貸して」
「いや、シャワーってお前……いや、ええ……!?」
困惑しながらも、ヘクトは少女の様子を改めて見る。痛みや、苦しみは表情に出ていない。というより、そもそもどこを怪我しているのかがわからない……。
(それも……違うな。まさか……)
「それ……返り血か?」
「うん」
少女は簡単にだけ答えて、足早にバスルームに入っていってしまった。詳しい説明を求めたかったが、少女に聞くより状況を見たほうがまだ早そうだとヘクトは判断。廊下に出た。
廊下には、相変わらずドローンが転がっている。どうも機能停止しているようだ。少女の部屋のドアは半開きのままになっていて、入ることができた。
「うっ……!」
入ったと同時に、むせ返るような鉄の匂い。少女の部屋は、まるでペンキでもぶちまけたように床が血まみれになっている。その血の主は、部屋の中心に倒れている2人組の男たちだった。
「誰だこいつら……?」
部屋の中は荒れており、テレビが割れ、床にも何個か血痕がある。ミニバーの冷蔵庫は開けっ放しになっており、極めつけは窓が激しく割れていて、風が音を立てて吹き込んできている。
「はぁ〜……。探偵らしく推理でもしろってか?」
ヘクトはポケットから手袋を取り出し、はめる。ポリスの現場検証に映ったらたまらない。彼は血の池の中にしゃがみ込み、「現場検証」を始めた。
死体は2人とも男で、真っ黒いスーツを着込んでいる。片方は首を切断されており、更に切断面からは火花を散らすコードのようなものが飛び出している。
インプラントしたサイバーウェアだろう。直接の死因はこの首の切断と、コードを千切られたことのようだ。
もう1人は、頭蓋骨が陥没している。頭をどこかに強く打ち付け、鼻血を出しているようだ。さらに、首に何か銀色のものが突き刺さっていて、そこから血が流れ続けている。
「うえ……」
ヘクトはその凶器を恐る恐る引き抜いた。銀色のそれは、小型のティースプーンだ。その先端は鋭利になるよう切断されている。これで男の首を突き刺したらしい。
「まず……こいつらは何だ?」
ヘクトはふと、割れた窓ガラスを見た。破片は内側に飛散している。つまりこのガラスは外から内側に向かって割れたのだ。どうしてそんなことが起こる?
突飛な考えではあるが……この2人は外からガラスを割って侵入してきたのではないだろうか。ヘクトは男たちの死体を検分する。
首からサイバーウェアが出ている男は、手にナイフを握っていた。刃が熱を持ち、金属や人間を溶断するヒートナイフだ。
ナイフに血の痕跡はなく、誰かを傷つける役には立っていないらしい。
頭蓋骨が陥没した男の近くを見ると、開きっぱなしの冷蔵庫のドアの角が目に入った。そこには血と髪、そして皮膚らしきものが付着している。この男はここに頭を打ち付けられたのだ。
さらに2人のスーツを調べると、ハンドガンや神経ショックパルスバトン、果ては金属製の暗器など物騒なものが山ほど出てくる。
ハンドガンはご丁寧にサイレンサーまで付けていた。
これらの情報をもとに、ヘクトは事件の詳細を頭の中で組み立てる。1つのストーリーが出来上がった――。
そうして侵入してきた男たちは、それぞれ武器を構える。
それに対し、少女が対応――ティースプーンを手に取り、相手のヒートナイフを受け止めつつ、あえて鋭利な面が出るように溶断「させる」。
手に入れた凶器で、男の首筋を切断……そこから手を突っ込んで、サイバーウェアのコードを引きちぎる。テレビの破損はこういった格闘戦の際に生じたものだろう。
もう1人の男に対して、少女は鋭くなったスプーンを投擲。首筋に突き刺さり、男はよろめく――更にダメ押しとして、冷蔵庫のドアを開き、その角に男の頭を叩きつけた。
頭蓋骨を骨折させ、とどめを刺した……といったところだろうか。
「……スプーンは、確かに出来すぎな切れ方だ。アイツがあえて『切らせた』で間違っちゃいないはずだが……」
斬り掛かってくるプロのナイフを使って、野菜でも切るかのように、細く不確かなティースプーンを凶器になるよう切断する。そんなことが人間にできるのだろうか?
そもそも大の大人、しかもしっかりと武装したプロの襲撃を、こうも容易く捌けるものなのか。いくらなんでも……人間離れしている。ヘクトは現場の状況よりもさらに戦慄させられた。
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