Chapter4-3 グランドヴィラ第12支店

 少女がドローンとともに部屋に入ると、まずはその廊下の広さに驚く。普段のビジネスホテルの2倍か3倍はあるだろう。


「おお……」


 その先に進むと、少女はその広さに感動した。大きめのベッドが1台、壁に面してデスクとテレビが配置され、壁のうち1面は全面が窓になっている。


 ひとまず少女はデスクの前に置かれたソファに座る。ロビーのものと同じく、体が沈み込むような感覚がある柔らかなソファだ。


 デスクのサイドテーブルにはアロマ発生機や周辺マップ、朝食を注文するためのビジュアルシートなどが整然と入れられていた。


『お部屋の設備を説明いたしましょうか?』

「うん。よろしく……簡単にでいいよ」

『かしこまりました。こちらのテレビは、ホテル内番組をはじめ、ネオ・アルカディア内で視聴できるほとんどの放送局の番組をご覧いただけます』


「他の国の番組は?」

『残念ながら、ネオ・アルカディア外には大規模な電磁波が展開されておりますので……』


 AIドローンがゆっくりと移動するのを、少女は追いかける。その先には、やや背の高く、黒い高級感のある小型の冷蔵庫。その上にはカップとドリンクサーバーが置かれていた。


『こちらの冷蔵庫はミニバーとなっております。上に置かれておりますのは、紅茶と、コーヒードリンクを提供いたしますサーバーです。容量は多いですが、もし切れた場合は私にお知らせください』

「わかった……」


 少女は説明を聞きながらカップの中に紅茶を注ぐ。サーバーから熱い茶が注がれ、カップの中を紅色の液体で満たす。少女は熱いその茶を冷ましながらちびちびと飲む。


『冷蔵庫の中には、小型のアルコール飲料のボトルが何本か配置されております。ワイン、ウイスキー、エール……など様々ございますが、お客様は飲酒可能年齢に達しておりませんので、決してお召し上がりにならないようにしてください』

「はいはい」


 ドローンはそのまま、廊下の途中にあるバスルームに入っていく。


『続いてバスルームのご案内です。シャワー、バスルームとトイレは別の部屋となっており、こちらのバスはスマートジャグジー機能がついております。また、私に仰っていただければ、適切なタイミングでお湯を用意いたします』


 このホテルのサービスは、結構な割合が個人用のAIコンシェルジュによって担われているようだ。


 確かに、高額な人件費を使って人間に礼儀をイチから教育するより、AIのドローン執事のほうがサービスの質の平均値は高まるだろう。


『最後にアメニティですが、こちらの洗面台に、フェイスタオル、バスタオル、口内洗浄液、小型シェーバーなどをご用意しております。以上で説明を終了いたしますが、AIコンシェルジュのルーム内の滞在を希望しますか?』


 ルーム内滞在……。おそらく話し相手になってくれたり、細かなホテルの質問に随時答えてくれたりするのだろう。が……少女はあくまで1人のホテルを好んだ。首を横に振る。


『承知いたしました。私はルームの外におりますので、設定変更や、尋ねたいことがあればお気軽にお声がけください』

「ん」


 AIドローンは廊下へと出て行った。少女は改めて1人になり、広い広い窓から外の景色を眺めた。ここより高いビルは山ほどある……とはいえ、ここも十分に高所だ。地面を歩く人間はミニチュアのように見える。


 少女はテーブルの前の椅子に座り、紅茶を冷ましながら飲んだ。カップを空にしたあと、ミニバーエリアに行くと冷蔵庫を開け、中身を確認した。ドローンの説明通り、小さめの酒のボトルが何個か置かれていた。


 それから、酒のつまみとしてなのだろう、チョコレートやナッツが冷やされていた。これもミニバーと同じで、食べたぶんを記入しておく形式だ。


 ハニーローストナッツの缶詰を手にとった少女の脳裏にヘクトの姿が浮かぶ。「部屋代は出すって言ったが、お前のおつまみまで俺が払わなきゃならんのか!?」などと言ってきそうだ……と思いながら、それはそれとして少女は缶詰を開けた。


 甘い砂糖の粒の味のあと、甘じょっぱい味……ほのかに香るハチミツの風味。本来酒に合わせるものなのかもしれないが、単体で食べても十分美味しかった。


 少女はナッツを食べながら、改めて窓からセントラル区の風景を見た。……この街に来るのは1年ぶりか、2年ぶりだっただろうか。


 戻るつもりはなかった。さりとて、戻らない理由も……今はもうなかった。


(最後まで探偵を護衛するのは無理かもね……)


 窓に手をついて、少女はそんなことをぼんやりと考えていた。飛行する大きなビークルが、少女の立つ位置とさして変わらない高さを横切っていった。

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