Chapter4-2 グランドヴィラ第12支店
道の傍らに立ち並ぶビルは、そこを歩く人間を拒むかのようになんの広告も掲げていない。傍から見ても、それがなんのビルなのかわからないものばかりだ。どうやらオフィス街に出てしまったらしい。
「とりあえず飯屋に入ろうぜ。落ち着かねぇ」
少女が頷く。2人がしばらく歩いていると、ようやく少しずつビルの表面に看板が生えはじめ、いくらか人通りが増えてきた。セントラル区のオフィスワーカーにも憩いの場は必要ということだ。
「リアルミートファクトリー」、という看板の店に2人は入店する。アンドロイドの店員が丁寧に2人を座席まで案内し椅子を引いた。
「リアルミート……セントラル区のチェーン店だったっけか」
ヘクトはビジュアルシートに目を通す。そこに載っているメニューは、ステーキばかりだった。それも合成ではない、本物の動物の肉。
他の区では肉といえばただ単に「肉」としか書かれていないが、「うさぎ肉」「ワニ肉」など、動物の種類とともに表示されている。
「2AMもするぞこれ……ランチじゃねぇのかよ?」
ぼやくヘクトに対し、少女はメニューを見るなり、即決した。比較的高価な3AMの鶏肉のステーキを注文する。
「探偵も早く決めなよ。合成じゃない肉はおいしいよ」
「いつぶりだろうなぁ、マジの肉なんて……」
一旦値段からは目を背け、ヘクトはうさぎ肉のステーキを注文した。注文が通ると、ほとんど1分も経たないうちに、ジュウジュウと音を立てて焼けるステーキが運ばれてくる。
フォークで刺してナイフで切ると、肉汁が微かに溢れてくる。そういえばこんなだったな、とヘクトは肉を口に運んだ。
合成肉と違って、肉質が均一ではない。片方は柔らかく、片方は硬く……食われるためだけではない自然味がそこにはある。
「うん……うまい」
少女もまた、鶏肉のステーキに満足していた。やや淡白な味は、合成肉では決して味わえない特殊なものだ。ソースと肉による味のランダム性が、普段の食事との違いを嫌でも認識させる。
「悪くはねぇな。2AMの味はした」
「…………」
少女は肉を食べながらも、キョロキョロと辺りを見回していた。落ち着かないようだ。
「心配すんなって。ギャング共はまだ俺らがウエスト区にいると思ってるさ。それに他にも客がいる。セントラル区で騒ぎを起こせば、サウスのチンピラじゃ全員逮捕されるだけだ」
何しろ装備が違う。サウス区で手に入る銃やサイバーウェアなど、セントラル区では何代も前のものばかりだ。所詮サウスの人間では、ポリスには勝てない。
「……うん……そうだね……」
納得したのかしていないのか、曖昧な返事で少女は食事を続けた。
2人は店を出たあと、泊まるホテルを決定した。それは「グランドヴィラ」と呼ばれるセントラル区の中流ホテルだ。セントラル区の中では比較的安価なホテルで、ヘクトが選んだ場所だ。
辿り着いたそのビルは、昨晩宿泊したホテルよりもさらに高い。30階あるそうだ。それでも、数多ある他のビルと比べて特別高いわけでもないのがセントラル区の特徴だと言えよう。
入り口の自動ドアを開けると、2人は何やら耳が詰まるような感覚を得た。音がしないためだ。外の世界の音がシャットアウトされ、微かに聞こえてくるピアノの音楽が心を落ち着けてくれる。
フロントは綺麗なままのカーペットが万遍なく敷かれ、広告の類はどこにもなく、広々とソファやオブジェが置かれ、ホテルの空間を演出している。
「どうも」
ヘクトが軽く手を挙げて挨拶をすると、フロントのアンドロイドはお辞儀をした。まるで生きているかのような滑らかな動きだ。同じ人形ではあるが、その出来も区によって大きく違うらしい。
「この度は、当ホテルをお選びいただき誠にありがとうございます。チェックインなさいますか?」
「あぁ、よろしく頼む」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
アンドロイドは2人を応接用のスペースのような場所へと案内した。飛行ドローンがケーキスタンドを持ってきて、テーブルに置く。
アンドロイドの案内に従って座ると、椅子は非常に座り心地のいいものだった。
(……これで中流用なのかよ。いくら掛かるんだぁ……?)
「チェックインに際して、何点か確認させていただきます。こちらをお召し上がりになりながらお答えください」
「お、おう……」
ケーキスタンドに置かれているのはサンドイッチやケーキで、同じく飛行ドローンが紅茶を持ってきて2人の前に置いた。
少女は当然のようにパクパクと食べているが、ヘクトは価格のことが恐ろしくて食べても味がしなかった。
そうしてアンドロイドからの質問――武器を持っていないことや、怪我をした際の賠償金、施設の利用規約などに答え、ようやくチェックインの準備が整った。
「それでは、1泊で60AMでございます」
「くっ……かぁぁ〜……!」
サービスの内容からすると安い……のかもしれないが、それでもやはり高い。嘆くヘクトに少女が追い打ちをかける。
「部屋は2つ取ってね、探偵」
「……ほとんど俺の1ヶ月の食費だぞ……!」
貯金がないわけではないため、払えない金額ではない。それでも、おおよそ彼の人生の中でなかなか使うことのない金額が一気に飛んでいく……彼は気が遠くなりながら、パーソナルカードで120AM――旧世界の日本の貨幣では約12万円――を決済した。
「ありがとうございます。また、当ホテル内では、各お客様につき1台のAIコンシェルジュをご用意しております。ご不明点などございましたら、何なりとお申し付けください」
アンドロイドが説明を終えると、先ほど紅茶を運んできたのと同型のドローンが飛んできて、機械音を出す。
これがAIコンシェルジュなのだろう。そんなサービスに対しても、ヘクトは心躍るよりは、払った金額の心配ばかりだった。
「行くよ探偵」
「くそ……口座の残りを見るのが怖ぇよ……」
少女の後についていき、ヘクトはエレベーターに乗り込む。このホテルの客室は5階から29階までだ。AIのドローンがエレベーターを操作しながら説明する。
『お客様方のルームは16階です。1階はロビー階となっており、2階はカンファレンスルームやジムがございます。3階はコンビニエンスストアがございますので、必要物がございましたらご購入いただけます』
「あー……そう……」
『4階にはレストランが配置され、高性能のシェフロボットが作成した様々なメニューがいただけます。また30階にはプールがございまして、セントラル区の展望をお楽しみいただけます』
「何でも揃ってる。1日中ホテルにいられるね」
「嬉しそうで何よりだよ……」
意気消沈し続けているヘクトに、少女は不満げな様子を見せた。
「いつまでお金がどうとか言ってるの……。そんなんじゃせっかくのホテルが勿体ないよ」
「そりゃそうかもしれねぇがよ……」
エレベーターは16階で停止し、ドローンが飛行して2人を案内する。部屋の前まで来るとドローンが何かしらの通信を行い、ドアが自動的に開いた。
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