Chapter4-1 グランドヴィラ第12支店

 2人はホバータクシーに乗って道路を走っていた。朝のウエスト区を歩く人々は、殆どが何かしらのサイバーウェアを身に着けている。ある者はドラッグの影響かフラフラと歩き、ある者は恋人と手を繋いでいた。


「そういえば、なんでセントラル区に入りたくないんだ?」

「……ちょっと昔の知り合いがいるから」

「昔って……お前の昔は1,2年前だろ」


 ヘクトにとっての昔といえば、10か20年は前のことだ。あの頃はまだ、サウス区も今ほど寂れてはいなかった。


 それが海からの汚染物質を含んだ風で病気が蔓延するようになると、皆が逃げるようにサウス区を後にした。


 今では汚染物質に晒されるのは、それこそ港湾労働者くらいのものだが、去っていった人間は戻ってこない。


 政府や企業が見離せば、代わりに入ってくるのは、貧困層やギャングである。そうして酒場だけは無数にある、立派なスラムが出来上がっていったのだ。


「……ってことは、お前の家はセントラルにあるのか?」

「家ってほどじゃないけど……そうだね」

「今日はいくらか質問に応じてくれるじゃねぇか。なら、お前の賞金についても教えてくれよ。なんで手配されてんのか」

「知らないほうがいいよ」


 勢いに任せて聞き出せないかと期待したヘクトだったが、やはり答えは帰ってこなかった。無視されるよりはいくらかマシだとは思いつつも、変わらず彼女の謎は解けない。


 ヘクトは窓を流れるビルの物理広告を見るともなく見つつ、こめかみのチップに触れる。それからブルームーンの人間にメールを送る――。


『あとだいたい10日で裁判開始だ、クソッタレ。この調子で俺にマトモな返事もせずにヒットマンを送ってばっかりなら、いい加減俺も参っちまうぜ。

 恐怖のあまり裁判所にメールを送っちまいそうだ。


 そうなりゃ、親分は帰ってこない――お前らの新品インプラントが寿命を迎えるまでの間には、少なくとも。懸命な判断といい返事を期待してるぜ、ブラザー』。


 ひとしきり挑発の文面を書き加えて、ヘクトは鼻で笑った。今はとにかく、目の前の金を掴むことに集中しているが……問題は山積みだ。


 ブルームーンから金をせしめたあと、連中と和解しなければならない。金を手に入れても使う場所がなければ意味がないからだ。


 それか、ブルームーンと同盟関係のギャングに取り入る……こちらのほうが難易度は低いが、ギャングと仲良くなるには何らかの手土産が必要だ。


 それも端金や近所で手に入るような土産物じゃない。相応の金や情報を別途手に入れなくてはならない。


 そう考えて、ヘクトは横に座る少女をちらりと見た。……都市伝説の女、カーバンクル。彼女が何者なのか突き止めることができれば。或いはこの戦力を取り込むことができれば、どこかのギャングへの手土産としては十分だと言えるだろう。


(……死神、か)


 彼女をそう評したショウの言葉が頭から離れない。深入りすべきではないのかもしれない。それでも……。


 ――ホバータクシーはいつの間にかウエスト区を抜け、加速路のトンネルに入っていた。体に前からの圧がかかり、車が果てしなく加速していく。歩きであれば1日はかかるウエスト区からセントラル区への移動も、加速路ならばあっという間だ。


 トンネルを抜けると、そこにはビル街が広がっていた。大きく、高く、ガラス張りのビルばかり。見上げると首が痛くなる。セントラル区に入ったのだ。


 道路沿いを歩く人間はスーツ姿であったり、逆にとてもラフな服装で、高価なアクセサリーを身に着けた人間もいる。サイバーウェアの普及率もウエスト区に負けず劣らずといったところで、体の節々を光らせた人間が多い。


 タクシーが止まり、料金を少女が決済する。車を降りた2人に高速で近づいてきたのは、飛行するドローンだ。ドローンは光で2人を照らし、所持物品やサイバーウェアをスキャンする――すると、ヘクトが赤い光で照らされた。


「オイ、なんだよ?」

『危険物所持。HND-WES-011型。実弾武器は、セントラル区では所持が認められておりません』

「はぁ!? ハンドガン出せってのか!?」


 ヘクトはコートからハンドガンを取り出した。するとドローンがケースを展開したので、彼は渋々そこにハンドガンを置く。


『ご協力ありがとうございます。セントラル区外に移動時、こちらの番号にコールいただければ、お届けに上がります。また、セントラル区での護身武器は、テーザー銃などをご利用ください』

「はいはい。ご丁寧なこった……」


 ドローンが飛び去っていくのをヘクトは眺めていた。治安の維持。そんな言葉は彼のいるサウス区には存在しなかった。非現実的な光景だった。


「っつーか……やっぱお前は武器持ってないんだな」

「武器なら周りにたくさんあるから」


 少女は肩をすくめた。歩き出した歩行者用の道は整然としてゴミ1つ落ちていない。サウス区やイースト区と同じ国だとは思えないほどの差だった。

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