Chapter3-9 ホテル「ネオン・ドリーム」
その夜は意外なほどに静かに明けた。あんな大騒動があったというのに、レストランは通常通りに運営され、ホテルの従業員も何事もなく勤務している。
元々、ホテルの通常業務担当とカジノ担当は完全に分けているのだろうか。ともかく2人は、誰に起こされることもなく朝を迎えた。ヘクトはサイバーネットにアクセスしながら、ベッドに座っていた。
「今のうちに次のホテルを決めておくか。で、その前に俺に1つ話があるんだが……」
「なに?」
洗面台で口をゆすぎ、少女は眠そうな目で戻ってくる。
「あいつら……ブルームーンは今、俺に手出しができない。手出しすればウエスト区のギャングと抗争になりかねないからだ。ここまではいいな?」
「うん……」
「つまり裏を返せば、ほとぼりが冷めれば、またヒットマンを送り込むチャンスは生まれるってことにもなる。裁判まであと10日近くある……そうなったとき、俺らがウエスト区にいるっていうこの情報はデカイマイナスだ」
今はショウの失敗によって、偶然にも猶予時間が生まれているだけで、いずれにせよおおよその居場所を掴まれてしまっているというディスアドバンテージは大きいままだ。
「だが恐らく、奴らはこの数日……少なくとも2,3日は、無関係をアピールするためにこれ以上のヒットマンはよこしてこない。
それがチャンスだ。ヒットマンを送らないってことは、俺らの動向もロクに探れないってこと。奴らがまごついているこの隙に、ウエスト区を出ちまおう」
「ウエスト区を?」
「ああ。そんでセントラル区かイースト区に身を隠す。奴らが時間を置いて、改めて俺らを狙ってウエスト区に来ても、俺らはそこにはもういない……足取りも掴めなくなる、ってわけだ」
少女は眠そうにその提案を聞いていた。本当に聞いているのか不安になったが、とりあえずヘクトはリアクションを待つ。
「……いいんじゃないかな」
「だよな!? クールな探偵の冴えた作戦だろ。まぁ、このままウエスト区にいてもそうそう何処にいるかなんてバレやしないが……それでも、区が変わればさらに追いづらくなるはずだ」
少女は唸りながら全身で伸びをした。眠気が取れたのか、立ち上がってドアを開ける。
「とりあえず、朝食を食べに行こう」
ホテル「ネオン・ドリーム」では、宿泊者への朝食バイキングが用意されていた。涼しい風が吹いてくる店内には、まばらな宿泊客がバイキングに集っていた。
その中には或いは、昨日カジノにいた客もいるのかもしれない。ざわざわとした話し声と、皿と皿が当たる音がどこからか響いてくる中、少女は合成ミルクと焼いたパン、合成ミートパテをもしゃもしゃと食べていた。
「で、次のホテルだが……」
ヘクトはコーヒー風ドリンクと、焼き肉串を食べている。その肉はもちろん合成されたものだ。焼いた熱と香料、人工調味料で旨いようにも感じるが、すべてハリボテの味だった。
「思いきって、セントラル区に行ってみないか? 金はかかるが、間違いなくここより安全だ。俺もあんまり行ったことはないが、夜に丸腰で出歩いてても、パーソナルカードで買い物しても誰にも襲われない安全な場所らしい。ポリスが常に巡回してるからな」
「ん……セントラル区か……」
少女は明らかに乗り気ではなかった。そういえば、とヘクトは思い出す。イースト区からウエスト区に移動する道中も、セントラル区には入りたくない……というようなことを少女は言っていた。
「セントラル区に入れない事情でもあんのか? ポリスに目ぇ付けられてるとか?」
「う〜ん……いや……そうじゃないんだけど……」
歯切れが悪い。少女はパンにかじりつき、何かを考えているようだった。
「まぁ……いっか、もう……」
「???」
「いいよ。セントラル区に行こうか」
「お……おう……?」
少女はパンを飲み込み、牛乳で流し込んだ。ヘクトも肉を食べ終わり、コーヒーを飲み干す。2人はレストランを出て、チェックアウトのためにフロントへ歩いていく。
(にしても……カーバンクルのやつ、結局なんでセントラル区を……)
ヘクトはそう思考してから、考えるのを中断する。今大事なことは、自分が証拠ファイルとともに生き残り、ブルームーンから金をせしめてやること。少女の謎を解いている暇はない。
「ご利用、ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
アンドロイドのホテル従業員は、何事もなく2人をチェックアウトさせてくれた。やはり、昨日の21階での出来事はホテル側には目撃されていなかったようだ。
そうしてホテルを出ようとするヘクトは、信じられないものを見て足を止めた。彼らの行く先――ホテルの出口に、帽子を被った少年が立っている。
「……よく五体満足で逃げ切れたな。お前……」
それは、昨日のヒットマン。ショウと名乗った少年だった。少女は興味なさげに彼を視界に置いている。
彼がここにいるということは、ホテルを仕切るギャングは彼を確保できなかったということだろう。とはいえ、彼が生きていようと死んでいようと、計画はさほど変わらない。
「それで? ここでまたやる気かよ?」
「……いいや。あの依頼はなかったことになったんでね」
「あ? なかったことに……?」
「ちょっと試し斬りがしたくて斬っちゃった昨日の奴らが、こっちのギャングの人間だとかでさぁ。ブルームーンの奴ら、ブチギレちゃって。お陰でこっちもお尋ね者だよ」
「当たり前だろ」
ヘクトは頭を掻きながら奇妙な会話に応じる。彼の言葉で、ヘクトは自分の推理が正しかったことを確信した。加えて、このショウという少年はとんだサイコだ。この国で長生きできるタイプではないだろう。
「だったら何でまた俺達の前に現れた? こちとらお前の顔を見るだけでもチビりそうだぜ。消えてくれ」
「そう邪険にするなよ。1つ警告してやりに来たんだ。バカな探偵にね」
「なんだと? どこがバカだってんだ。こんなに優秀な探偵はいねぇぞ」
「バカだろうよ。その女がボディガードに見えるっていうんだからな」
ショウは口元にだけ笑みを浮かべて少女を指差す。
「死神だよ、ソイツは。そんなモノを手元に置いておくと、お前も必ず破滅するぜ」
そう言うと、ショウはすぐにホテル外へと歩いていってしまった。ヘクトは慌てて後を追おうと駆けたが、すでに人混みに紛れて見えなくなってしまっていた。
後から少女が歩いて追いついてくる。いつも通り、その表情は伺い知れない。
(死神……)
ヘクトはその言葉を頭の中で繰り返す。少女の言動や行動に、どこか危険なものを感じていたのは事実だ。
そもそも、たった十数歳の少女が、どうしてこれほどまでの格闘技術を手にしているのか。どうして多額の賞金をかけられているのか。ヘクトはその答えを知らないままで行動を共にしている……しかし。
「……行こうぜ、カーバンクル」
「……!」
「あのサイコガキが何を言おうが、俺はお前の方を信用するよ。少なくとも、悪いやつではなさそうだしな」
少女はしばらく呆けた様子でヘクトを見ていたが、やがてうっすらと笑みを浮かべた。
「まぁ、探偵は私しか頼る人いないしね」
「確かにそりゃそうだが……お前なぁ、それを言ったら何もかも台無しだろ!」
■
『ホテル ネオン・ドリーム』
★★☆☆☆
ホログラム投影で部屋の内装が変えられるのがウリのホテルみたい。
だけどそれにかまけて素の内装がほとんどないのはマイナス。窓から景色も見られない。
面白い技術ではあるけど、そんなに誰もが喜ぶものでもない。その割にホテルの料金は高めなのが気になる。
カジノもあるみたいだけど、私はそんなに興味は惹かれなかった。
――カーバンクルのホテルレビューより。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます