Chapter3-8 ホテル「ネオン・ドリーム」

「お、お前……バケモンかよ……?」

「助けてもらっておいて言うことがそれ……?」


 少女は不満げに目を細めるが、次にカジノの端に集まっている客に視線を送る。


「部屋に戻ろう、探偵。ホテルの人が来ちゃう」

「お、おお――?」


 少女がヘクトの手を引き、エレベーター前までやって来てボタンを押す。エレベーターを待つ間、ヘクトは思考を整理し、それが到着してからようやく口を開いた。


「……おい! ていうかどこにいたんだよ、俺が大ピンチのときに!」

「トイレ行ってた。あの階の」


 気にした様子もなく、少女は22階のボタンを押す。3つあるエレベーターのうち残りの2つは、下から上がってくるものだった。騒ぎを聞きつけて用心棒の類が来たのだろう。どうやら鉢合わせることにはならずに済んだようだ。


「とりあえず、連絡先を交換するぞ。次また俺がピンチのとき、連絡もできないんじゃ困る」

「えー……」

「えーじゃない! ホラ端末を出せ!」


 少女は渋々といった様子で携帯端末を取り出し、ヘクトと通信した。まったく、とため息を吐きながら、ヘクトは22階の廊下を歩く。


「でもよ……あんな大騒動起こして、俺ら無事にチェックアウトできるのか?」

「たぶん大丈夫。あのカジノの監視カメラは少し前から切ってあった」


 なんで分かるんだ、とは彼は聞かなかった。とにかく、彼女には分かるのだろう。


「切ってあったって……何で?」

「あの殺し屋があらかじめ切ってたんだと思うよ。ヘクトを狙ってね」


 思い返せば、確かにショウはハッカーだとも語っていた。それならば、襲撃前にカメラを落とすくらいは簡単なのだろうか。一方でこの襲撃は、ギャングがヘクトの居所を知ったということでもある。


 ブルームーンの構成員が直接来なかったのは何故かはわからないが、危険に変わりはない……ヘクトは苛立たしげに自室のドアを開けた。


「……荷物まとめるか。さっさとずらかろうぜ」

「いや……たぶん大丈夫だと思うよ」


 そんなヘクトの焦りも知らずに、少女は呑気な言葉とともにベッドに横になった。


「何でだよ! このままじゃすぐあいつらが来ちまうぞ!」

「このホテル、ウエスト区のギャングの縄張りでしょ。サウス区のギャングが攻めてくるのは無理だよ」

「あ……」


 確かに、どんな大義名分があるにせよ、ギャングの縄張りに別のギャングが押し寄せたらそれは抗争だ。もちろんブルームーンとここのギャングが同盟関係にないという前提にはなるが。


「あとあの子……多分だけど、私たちを見つけたことブルームーンに報告してないよ。発見してから襲撃までが早すぎるから……」

「発見? 発見って……。……まさか昨日のカメラがどうこうってヤツか!?」

「うん……昨日見てたのはあの子じゃないかな……」


 少女は目をこすり、欠伸をした。食事をしたあとだから眠いのだろう。それはつまり、先程の激しい戦闘がなんの眠気覚ましにもならず、興奮も疲労も彼女に与えなかったということを意味する……。


「……となるとつまり……なるほど……確かに安全かもな。アイツ、こっちのギャングを何人も殺してやがったし、ブルームーンとしても切り捨てざるを得ないはずだ」


 そうなれば、ヘクトを狙った襲撃にブルームーンは無関係だ、と主張せざるを得ない。そう主張したからには当然、ウエスト区でヘクトを狙った襲撃はしばらくできない。


 その様子をこちらのギャングに目撃されれば、無関係という主張も崩れてしまう。ひいてはあのショウとの無関係も嘘となり、ブルームーンは彼の雇用責任、ウエスト区のギャングを殺したという戦争の火種を抱えることになるのだ。


(……だよな? 間違ってないよな)


 ヘクトは冷静になり始めた頭で必死に計算する。どこまで少女が把握できているかはわからないが、確かに、今はこのホテルに留まるのが安全に違いない。


「……はーーーーっ……」


 彼は改めて、深い息を吐いた。安堵の息だった。命を狙われ、今にも死ぬところだったという実感。そこから救われたという実感が今になって襲ってきた。


 もう一息入れるために、ヘクトはタバコを加えて火を付けた。煙を肺いっぱいに吸い込んで、吐き出す。その背後で、少女がベッドから起き上がった。


「なぁカーバンクル……。言い忘れてたけど、助かったぜ。ありがとな――」

「タバコ外で吸って」


 感謝の言葉も虚しく、ヘクトは部屋を追い出された。

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