Chapter3-7 ホテル「ネオン・ドリーム」

「探偵、何してるの?」


 聞き覚えのある声に、ヘクトは筋肉が弛緩するのを感じた。首だけ振り向くと、そこには少女――カーバンクルの姿があった。


「カジノで遊んでるように見えるか? 殺されそうになってんだよ」

「ふーん……」


 少女は外の街を歩くのと同じような気軽さでヘクトの隣に並ぶ。ショウの興味は、完全に少女に移っていた。


「……お前……まさか、カーバンクル……?」

「……知り合いだっけ?」


 少女のとぼけた回答に、ショウは怒りと笑いが混ざった様子で息を吐いた。


「都市伝説の女だろ。40万AMの」


 ショウは少女の賞金を知っているようで、楽しげに武器を構え直す。


「サウスのギャングのしょぼい金じゃ満足できなかったしな。ついでにお前も頂いていくぜ。伝説をぶっ殺したとなりゃ、俺の名前ももっと売れるようになる!」


 ヘクトは一時は安堵したものの、冷静に2人の戦力差を見つめ直してみる。ショウは軍用と思われるヴァイブロブレードを両腕に備え、カメラアイインプラントと、神経スピード向上も恐らく行っている。


 一方の少女は明らかに素手だ。以前にカメラをハックしていたことから何らかのサイバーウェアは埋め込んでいるのだろうが、少なくとも過去の戦闘を見ても、武器の類はインプラントしていない。


 そうなれば、ショウのブレードに太刀打ちすることなどできない。通常の人間の肉体などバターのように切れる代物だ。隙を突こうにも、目と神経を強化した相手にはそれも難しい。


「おい、カーバンクル……無茶はやめろ。なんとかして逃げたほうがいい」

「逃げられるわけないだろ。ここで輪切りを2つ作っておしまいだ」


 ……そんなヘクトとショウの言葉に対しても、少女はまったく動じた様子を見せない。戦う構えすら取らずに、両腕はダランと下に下げたままになっている。


「大丈夫だよ探偵。8秒くらいで済む」

「は――?」


 少女の目が、赤色の光を放ち始める。それに伴い、周囲の時間が鈍化していく――。


 0秒00 少女が周辺状況をスキャニングする。天井の火災報知器とスプリンクラー、カジノテーブル、少年のブレード、カメラアイ、死体が持っているスマートガン……それらが組み合わさり、彼女の中で作戦が組み立てられる。


 0秒12 少女が靴のつま先で、近くに落ちていた死体が持っていた銃を踏み、立てる。


 0秒45 立ち上がったスマートガンを蹴り上げる。


 0秒61 ショウが足の筋肉に力を込め、少女に向かって踏み込む。


 1秒12 蹴り上げたスマートガンが少女の目の前に飛んでくる。彼女がそれを空中で掴む。


 1秒35 ショウのカメラアイが、少女が銃を掴んだことを認識する。彼が腕を振りかぶる。


 1秒56 少女が銃口をショウに向ける。


 1秒65 ショウのブレードが銃のバレルを斬りつける。高速振動する刃が、銃を斬り裂いていく。


 1秒89 バレルが両断され、同時に内部の電子部品がブレードの高熱とショートによって火花を放つ。


 2秒08 少女がブレード射程外まで飛び退きつつ、天井のスプリンクラーめがけてスマートガンを投げつける。


 2秒42 ショウが「手癖が悪いな――」と口にする。


 3秒21 投げたスマートガンが、火災報知器の直下に到達。同時に、それが放つ火花を報知器が探知する。


 3秒87 ショウが「それで? もう終わり――」と口にする。


 4秒14 スプリンクラーが作動し、水を散布し始める。


 4秒29 ショウの頭上に水が命中し、彼は何事かと首だけを振り向く。


 4秒32 少女が走って距離を詰める。ショウはまだ気付いていない。


 4秒61 至近距離まで接近した少女が、ショウの股間を蹴り上げた。睾丸を損傷。「あがっ――」とショウが悶える。


 4秒86 反射的にショウがブレードを振り回すが、少女は射程外に離れている。彼の体が前のめりに崩れ落ちる。


 5秒63 床に落ちていたカジノチップを少女が拾う。


 5秒87 「お、まえ……!」とショウが悶えながら、立ち上がろうとする。


 6秒22 少女がカジノチップをショウの足下に投擲する。彼は立ち上がる直前、それを踏んでしまう。


 6秒32 スプリンクラーで濡れた床が、踏んだカジノチップを滑らせる――前距腓靭帯(足首)損傷。ショウはそのまま前方向に倒れる。


 6秒57 「なっ――!」ショウは反射的に地面に手を着く。


 6秒59 彼の腕から飛び出したヴァイブロブレードが、手を着いた拍子に地面のカーペット、その下のコンクリートを貫く。


 7秒11 ショウは慌ててブレードを床から抜こうとする――だが抜けない。ヴァイブロブレードはその性質上、「斬る」力は強いが、斬らなければ他の刃と変わりない。刺突によって刀身がコンクリートに包囲された状態では、通常の刃を引き抜くのとそう変わりない労力が必要になるのだ。


 7秒32 少女が背後に歩み寄る。


 7秒87 地面に四つん這いになった状態のショウの頭に、少女が踵落としを食らわせた。後頭部からの強い衝撃で、頚椎捻挫、および脳震盪を起こす。脳の揺れによって、彼はブラックアウト――無力化された。


 約8秒。数えてみればたったのそれだけの時間でヒットマンを無力化した少女に、ヘクトは唖然と口を開けたままだった。

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