Chapter3-6 ホテル「ネオン・ドリーム」

「誰だ、お前は……」


 ヘクトが尋ねると、再び機械の駆動音とともに、2人の死体から飛び出していた刃が引っ込んだ。支えを失った2人が呻きながら前に倒れると、それを見た客の女が叫ぶ。


 パニックが起こり、客がカジノの端に逃げていく。反対に、従業員らしき人間がバックヤードから現れ、少年に銃を向けながら走ってきた。


「テメェ! 何をやってやがる!」

「どこぞのヒットマンか、お前……!?」


 少年がニヤリと笑うと、その両腕から刃が飛び出してきた。サイバーウェアだ。先程2人組を殺したのもこの刃によるものだろう。


 従業員が発砲すると同時、少年が腕を振るう。激しい金属音が響き、少年は無傷のままだった。本格的に始まった戦いに、ヘクトは慌てて脇に避難し戦いを観察する。


(何なんだ、このガキ……!? 敵なのか、味方なのか!?)


 ヘクトを連行していた男たちを殺し、ヘクトには手を出さなかった。その点を見れば味方のようにも見えるが、この少年はほとんどサイコに見える。サイコな味方など、むしろ困るだけだ。もちろんサイコな敵も困るが……。


(つーか、カーバンクル! カーバンクルはどこだよ!)


 一縷の望みをかけてヘクトは再び部屋を見渡すが、やはりいない。そもそも、いま部屋にいるのはサイコ少年とそれと戦う従業員(おそらくギャング)、部屋の端に集まっているカジノの客だけだ。


 あの少女がカジノの客に紛れて避難するとも思えない。やはり明らかにここにいないのだ。


(連絡……! いや待て、連絡先も聞いてねぇぞ!)


 ヘクトは大いに焦るが、そうこうしている間も少年とホテル従業員との戦闘は続いている。従業員はすでに何発も発砲しているが、いずれも少年は無傷のままだ。ヘクトは彼の足元に、砕けた金属片を見つける。


(弾丸か……!? 弾丸をあのブレードで斬ってやがるのか!?)


 常識外れだが、不可能ではない。目に高性能のカメラをインプラントし、脊髄を改造して神経の伝達速度を上げる。さらにブレード自体も相当な切れ味と硬度を持っていれば、できないわけではない。


(だがそれは理論上の話だ。こんな改造するヤツがマジでいるとはな……)

「ははっ。面白くねえなぁ。結局銃だけかぁ?」


 その少年は挑発的にそう笑ったかと思うと、無造作に従業員との距離を詰める。腕のブレードを薙ぎ払った――すると男の腕が地面に落ち、上半身と下半身が別々に分かれてしまった。客たちの悲鳴が上がる。


(オイオイオイ……! 切れ味良すぎるだろ!)


 あれはいわゆるヴァイブロブレードだと、ヘクトは確信した。超高速で振動することでああいった刃の切れ味を飛躍的に高める機構だ。でなければ、あの振りの勢いであの切断は起こりえない。


 しかし、ヴァイブロブレードなど一般的に市販されているものではない。軍用に開発、使用されるレベルのものだ。それも、サイバーウェアとしてインプラントするなど聞いたことがなかった。


 少年はそのまま、もう1人の従業員を事もなげに斬り捨てると、ブレードの血を払いヘクトに向き直った。


「よう。あんたがヘクト・ガザルスだな」


 ……やはり狙いは自分か。ヘクトは乾いた喉を生唾で潤し、なんとか言葉を返す。


「あぁ、そうだ。それでお前は? ランプの魔神かい?」

「バカ言うなよ。こっちはお前を殺しに来てやったんだ。身に覚えあるだろ?」


 ヘクトは深いため息を吐いた。残念ながら少年はサイコな味方ではなく、サイコな敵だったらしい。つまり、ブルームーンに雇われたヒットマンだろう。


「そしたら、なんか勝手にピンチになってたんでね。俺が殺す前に死なれちゃ意味がないから、結果的に助けることになっただけだ」

「だったら最後まで助けてくれたらありがたいんだけどな」

「ハハ。笑えるぜ」


 少年はブレードをヘクトに突きつけ、ニヤリと笑った。背中に汗が吹き出て、筋肉が強ばる。そんな状況でも、ヘクトはあくまで強気を装った。


「お前さんの名前を教えてくれよ。来世で依頼するかもしれないからな」

「俺は殺し屋ハッカー、『ショウ』。一流ハッカーにして殺し屋でもあるってわけだ。来世でよろしく頼むぜ――」


 大した時間稼ぎにもならなかったが、ここまでか。ヘクトは目を閉じる――が、ショウは武器を振り下ろすことなく、止まっている。何事かと視線を辿ると、彼はヘクトの背後を見ているようだった。


「探偵、何してるの?」

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