Chapter3-5 ホテル「ネオン・ドリーム」

 エレベーターが上へと登り、やがて開く。廊下には、ダンスクラブのような音楽が漏れ聞こえてきていた。


「なんだ、この階は……?」

「……酒の匂いがするね」


 ヘクトはとりあえず、廊下を先へと向かう。すると右手側に広間があり、そこでは現実離れした光景が広がっていた。


 フロントのものと似た煌びやかなシャンデリア。その反対に、どこか汚れた壁や床。数名の若者やホテル側の人間らしき者がおり、それぞれが緑色の台を囲んだり、スロットマシンを回していたりする。つまりそこは、カジノだった。


「なるほど。全貌が見えたぜ、カーバンクル。聞きたいか?」

「別に……」

「なら教えてやろう。つまりこのホテルはこの21階で裏カジノをやってる。その入場方法は、売り切れてるビデオカードを従業員に要求して購入後、それをエレベーターに読ませること……本来はここの利用者と紹介者、噂を知ってるやつくらいしか踏まない手順ってことだ。俺らは半ば偶然入っちまったわけだが……」


 少女の返事を無視して、ヘクトは得意げに小声で語る。広間を見渡すと、再び廊下に戻った。


「ホテルの1階分の間取り的に、カジノだけじゃねえな。他にも色々とヤベー匂いがするぜ」


 言いながら、生き生きとして他の部屋を探す。廊下を少し歩くと、今度は音楽に紛れて女性の嬌声が聞こえてきた。ドアを1枚挟んだ先で、複数名の女性の声、たまに男性の声も聞こえてくる。


「おお……そういう系ね。クスリもやってそうだな……」

「? 何の部屋?」

「カーバンクル。お前にはまだ早い。やめておきなさい……あー、あっちのカジノで遊んでな」


 少女は何かを察したのか、不満げな表情でヘクトから離れていった。ヘクトは乱交部屋をスルーし、更に廊下を進む。


 廊下の突き当りには、『バー・エデン』と書かれた看板が掛かっていた。そのバーの扉はすでに開け放たれており、店内には多くの客の姿があった。濃い青色のネオンは、そこにいる人間の輪郭すら見えなくなるほどに暗く、同時に明るい。


(ほお。悪くない雰囲気だ……)


 バーの店内に入る。そこに座っている客は、おそらく前日からこのホテル内に留まっているのだろう。日常的にこの空間を利用している気配が漂っていた。


 シルエットから見てサイバーウェアを搭載している人間が多い。ウエスト区の人間、それもギャングのような人間が多いのだろう。ヘクトはそんな人間たちの中で、特に端の方でひそひそと話している2人組が気になっていた。


 1人はアタッシュケースを傍らに置き、もう1人はテーブルに大量にチップカードを並べていた。どうやら取引の最中らしい。


 確かに、表向きはウエスト区の普通のホテル。その上、事情を知らなければ基本的に入ることができない場所となれば、こうした密会には最適だろう。となれば、このホテル自体、ウエスト区のギャングが運営しているものなのかもしれない。


 取引をしていた男たちは、ヘクトの視線に気付いてか立ち上がる。


「なんだ、兄ちゃん。見ねえ顔だな」

「……まぁな。ちょっと寄ってみただけだ」


 2人はヘクトの格好を上から下まで見る。その警戒は解けないようで、彼らが歩み寄ってくるのを彼は両手を上げて迎える。


「そう警戒すんなよ、俺は何もしねえ。こういう場所だろ? 気楽にいこうぜ」

「そもそもこの場所に、俺らの知らねぇ顔がいるってのが妙なんだよ。ポリスじゃないだろうな?」

「違う違う。俺はただの探偵さ」


 彼は2人組からボディチェックを受ける。ハンドガンが一丁出てきたが、それはネオ・アルカディアでは一般的に誰でも持っているものだ。


「探偵ねぇ……誰にここを聞いた? 何を嗅ぎ回ってる?」

「あー……そりゃそうだ、気になるよな。しかし、いいか。今から言うのは冗談でも嘘でもないんだ。まず――」


 ヘクトは正直にここに来た理由を説明した。ビデオカードを買おうとしたら違和感を覚え、そのまま偶然エレベーターで来てしまった……と。


「……てなわけだ。どうだ? 納得してもらえた?」

「すると思うか?」


 2人組はヘクトの話を聞いても警戒を解くことはなかった。それどころか、より一層警戒心を強めたようだ。


(まいったな……)


 不味い状況に思わず苦笑いをする。確かに胡散臭い話だろうとは思っていた。自分が逆の立場であったとしても、こんな人間の言葉を信じはしないだろう。


(こんなことならカジノででも遊んでりゃよかったぜ。奥に入りすぎたな……)


 そうしていると、2人組の男は、いきなり拳銃を取り出した。それをヘクトに向ける。当然だが、周りの客はそれに対して何も言うことはない。


「事務所に行ってもらおうか。ここのデータベースでお前を調べる」

「おいおい、冗談だろ? そこまでしなくたって――」

「いいから歩け」


 2人組はヘクトに銃を付きつけながら歩いていく。仕方なく、それに従って歩く。


「ったく……な〜んでこんなことになるかね……」

「うるせえぞ」


 2人組の男に銃を突きつけられながら、先程のカジノルームに歩いていく。どうやらその先に事務所があるらしい。その慣れた様子から見るに、彼らはホテル側の人間とも繋がりがあるのだろう。


 十中八九、今から対面すると思われるホテルの人間はギャングだ。


 ヘクトは特にウエスト区のギャングと因縁はないため、ただの怪しい中年として解放される可能性が高い――が、もしここのギャングがサウス区のブルームーンと繋がっていた場合は話が別だ。そのまま拘束され、引き渡される恐れがある。


(おいおいおい、冗談じゃないぞ……つーか、カーバンクルの奴はどこだ?)


 人がまばらなカジノルームを見渡すが、それらしい人影がない。


(カジノで遊んでろっつったのに……! あいつのことだから部屋に戻りやがったか? それともさっきの乱交部屋にでも行ったんじゃないだろうな、あの思春期め)


 焦りながら彼は苦笑する。となればやはり、今の彼にできることは祈ることだけだった。ここの元締めのギャングが、ブルームーンと繋がっていないことを――。


 ――その時、ヘクトはすぐ近くで機械の駆動音のようなものを聞いた。同時に、体に何かの液体が振りかかる感触。


「おい。何――」


 左を向くと、そこには血に濡れた刃があった。それはヘクトを連行していた男の腹部から飛び出している。出血も激しく、内臓を損傷したのか臭気を放っている。


「……!」


 次に右を向くと、そちらも同じような景色が広がっていた。ヘクトを連行していた2人組は、背後から貫かれた……ということのようだ。それを理解すると同時に、弾かれたようにヘクトは前方に転がり背後を見る。


 ヘクトの背後には、白髪の少年らしき姿があった。薄ら笑いを浮かべた彼が2人の体を貫き、殺した犯人だろう。


「誰だ、お前は……」

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