Chapter3-3 ホテル「ネオン・ドリーム」
沈黙の中、ヘクトはとりあえず、テレビの電源を入れる。
『コンボイ社CEOは今朝、会見に応じ、ノース区復興の進展を発表しました。現在のところ、目途は立っておらず――』
テレビに映し出されたニュースは、彼にとって関係のあるものではなかった。
コンボイ社は、このネオ・アルカディアにおいて最大の複合企業であり、政府にも強い影響力を持っている。セントラル区に巨大なビルを構え、他の企業と同じように表裏問わず多くの人間を搾取する存在でもある。
「セントラル区の企業か。はぁ、一度でいいからそういうデカイところから仕事を請けてみてぇなぁ」
このネオ・アルカディアにおいては――現存しているほとんどの都市国家がそうであるように――企業は巨大化と併合を繰り返し、都市内のほぼ全ての合法の仕事は企業によって統括されている。企業の息のかかっていない仕事など、それこそギャングが絡んだものくらいだ。
一方で、ヘクトのように個人で探偵などの仕事を営む者、ハッカー、ボディガード……そうした企業にもギャングにも属しない人間からすれば、多大な富を持つ企業は羨望の対象でもあった。少女はそんな彼を冷めた目で見つめていた。
「……コンボイがサウス区の探偵なんて雇わないよ」
「わかってるっつーの、そんなことはよ。夢くらい見てもいいだろうに」
ヘクトは何かを思いついたらしく、コントローラーを再び操作する。部屋の内装が変化し、どこかの大きなオフィスに変わった。その壁面にはコンボイ社のマークが刻まれている。……2人が寝ているベッドはソファーのような見た目に変わった。
「コンボイ社のオフィスだ。こんな所に招かれてみたいねぇ」
「なんでオフィスのソファーで寝なきゃいけないの。戻して」
再び機嫌の悪くなった少女に押され、ヘクトは仕方なくコントローラーの電源を落とした。
「ハァ~……巨悪を暴いたり、ハードボイルドに活躍する探偵を目指してたってのに。ようやく舞い込んだチャンスが、サウス区のギャングを脅すこととはねぇ」
「……あなたは何になりたいの?」
愚痴とため息が止まらないヘクトに眉をひそめながらも、少女が彼に尋ねる。ヘクトは一転して口角を上げ、少女に振り返った。
「俺か? 俺は最終的には、この国の誰もが頼るような探偵になりたいねぇ。企業やらギャングやら、どっちも相手にするような存在にな」
「……その年で?」
「なんてこと言うんだお前……! いいんだよ、探偵ってのはこれくらいの年齢で脂が乗ってくるんだから!」
口ではそう言いながらも、ヘクトは少女の言葉に怯んでいた。確かに、ヘクトは現在34歳。
その時点で未だ、サウス区という最も治安の悪い地区で燻ぶり、ギャングや一般市民相手に大したことのない仕事をしているようでは、企業から仕事を請けるどころか他の区への進出すら怪しい。
此度の彼の、ギャングを脅すという暴挙は、そんな彼の焦りが現れたものだった。
彼は確かに、探偵としては優秀な部類だ。だが今のまま探偵業務を続けたところで、彼はこの国で何も残せはしない。そこに偶然に入手できた、ブルームーン首領の犯罪の証拠。彼は踏み出すしかなかったのだ。
「……でもよ。話してるとお前さん、意外とこの国の内情にも詳しいんだな? コンボイのこととか、探偵のこととか」
「…………」
少女はそう指摘されると、バツが悪そうに目を逸らした。
「話せば話すほど、俺はお前さんのことがわからんぜ。高額の賞金首で、家もなくホテル暮らし。おまけに国の事情にも詳しくて、めちゃくちゃ強い……。一体どんな人生を送ってきたんだ?」
「……私はただのボディガード、でしょ。余計なことは聞かないで」
「まぁ、そりゃそうだけどよ……」
少女には、何か秘密があり、それを隠そうとしている。そのことはヘクトも薄々勘付いていた。
とはいえ、あくまで彼女はこの2週間ほどのボディガードとして雇っただけの関係だ。そのうえ、正式な契約を結んだわけでもない。下手にそれを追及して、逃げられるような真似は避けたかった。
(でも、探偵としての本能が刺激されるんだよなぁ~。この娘、一体何者なんだ……)
ヘクトは必死に好奇心を鎮めると、ベッドから立ち上がる。
「……昼飯でも食いに行くか」
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