Chapter3-2 ホテル「ネオン・ドリーム」

「……ほら、ここだ」


 ヘクトが立ち止まったのは、大きなビルの前。合計24階建てらしく、かなり高い――が、ウエスト区の建物はどれもこれも同じほどに背が高く、近くに来るまでそのビルの姿を拝むことはできなかった。ヘクトは歩きながら、ナビゲートの間違いを疑ったほどだ。


「…………」


 少女は無言のままロビーに入ると、その広間を見渡す。天井にはシャンデリアが吊られており、大理石の床と壁が光沢を放っている。店内には明るい雰囲気のジャズのような曲がかかっており、外の気温よりやや涼しい。


「……いいね」


 少女は無表情のままヘクトに親指を立てた。彼は苦笑する。


「そいつはどうも。何が判断基準なのかわからねぇが……」

「チェックインしよう」


少女はそう言って、受付に向かっていく。ここは無人チェックインではなく、アンドロイドの従業員が受付をしているようだ。


「あー、シングルルームを2つ使いたいんだが」

「……申し訳ありません。本日、当ホテルは予約で一杯となっておりまして」


 あらら、とヘクトは肩をすくめた。予約で埋まっているなら仕方がない。別のホテルに行こうと考え始めた頃、アンドロイドはもう一言添える。


「シングルルームは埋まっているのですが、ツインルームなら空きがございます」

「ツインルーム? 俺は構わないが……」


 それを聞いて、彼はチラリと少女を見る。少女は露骨に不満そうな顔をしていた。


「……ツインルーム以外はないの?」

「残念ながら、すでにお客様の予約が一杯でして、ツインルームにご案内するしか……」


 アンドロイドの女性従業員は困った表情モーションを再生し少女を見る。あくまでシングルルームを望む少女ではあったが、ここでいくら文句を言っても仕方がないのも事実のようだ。


「まー、どうしてもってんなら別のホテルに行ってもいいけどよ。いいのか? ここ泊まんなくて。さっき良いって言ってたろ?」


 少女は腕を組み、唸る。表情はあまり動いていないが、葛藤しているのだろう。


「……私が部屋に泊まって、探偵は一晩野宿するのはどう?」

「バカヤロ。どう? じゃねえ! 何のためのボディガードだ」


 ボディガード、と口にした彼は、関連して彼女の昨日の言葉を思い出し、ほくそ笑む。


「それによ。お前、昨日言ってただろ。居場所がバレたとかなんとか……だったらなおさら、今のところは同じ部屋のほうがいいんじゃねぇか?」

「…………」


 少女は口を固く結び、やがて観念したようにため息を吐いた。


「わかった……」

「じゃ、ツインルームで部屋取ってくれ」

「かしこまりました。ただいま、データベースにアクセスしています……」


 アンドロイドが何らかの通信後、ヘクトと少女に2人分のルームカードを渡す。2203と書かれたカードだ。


 2人はエレベーターに入ると、カードリーダーにカードを翳す。22階のボタンがハイライトされ、ボタンを押すとエレベーターが登り始める。


「おお……結構高いな」


 2階、3階とエレベーターが上がっていくたびに、ガラス張りのエレベーターから見える地上はまるでミニチュア模型のように小さくなっていく。


 2人が22階に到着した頃には、窓の外は高層ビル群しか見えなくなっていた。これだけの高さに来てもなお、比肩する高さのビルは大量にある。


 2人はエレベーターから降り、廊下に出る。階ごとの部屋の数はそう多くないらしい。廊下を進むと、空中にネオンサインの矢印が浮かび、2203号室へと案内してくれた。


 カードキーを読み込ませ、部屋の中に入る。細く短い廊下のあと、ベッドが2つ置かれた空間。部屋の内装は殺風景で、壁には壁紙も貼られていない。窓はあるが、景色は見えずビルの壁が見えた。あくまで換気用のものらしい。


 代わりに、天井には小さな黒い球体のようなものが吊り下げられていた。


「……こりゃなんだ?」


 ヘクトは机に置かれたガイドのビジュアルシートを手に取る。指で何度かスライドすると、その装置の詳細がわかった。


「プロジェクションマッピングのプロジェクターだそうだ。ベッドの近くのコントローラーを操作して、壁や空間に思い描いた部屋の様子を投影できるんだと」


 ヘクトはそのシートに従い、ベッドの近くに置かれたタブレット型のコントローラーの電源スイッチを入れてみる。すると、天井から吊り下げられた黒い球体が発光し、壁に映像を投影し始めた。


「おお! えーと……試しに、こんな感じか?」


 ヘクトがコントローラーを操作すると、殺風景だった部屋に奥行きが生まれ、中世の貴族が住んでいるような金と赤で彩られた豪華な部屋が目の前に現れる。

 同時にベッドも、天蓋付きの豪華なものに変わる――ベッドのサイズは変わっていないが。


「なるほどな、なかなか面白いじゃねぇか。他にはどんな……」


 ヘクトがもう一度コントローラーを操作すると、豪華な部屋が消える。代わりに、白色の機械的な壁と窓が現れ、窓の外には黒々とした宇宙……そこに輝く星と、青い地球の姿が見える。


「月面基地風か。いい景色だ。カーバンクルもやってみろよ! ある程度はこっちでシチュエーションも作れるみたいだぜ。映画モードみたいなのもあるんだってよ!」


 そう言われ、少女はコントローラーを受け取る――が、すぐにコントローラーの電源を落としてしまった。ホテルは再び無機質な壁に戻る。


「あ、おい……?」

「……ホテルは、ホテルだからこそ意味があるんだよ」


 ヘクトには理解できなかったが、少女は明らかに不機嫌だった。


「私はホテルに泊まるために来たの。月面とか王宮に来たわけじゃないの」

「なんなんだ、そのホテルへの執着は……」


 少女はコントローラーを机に戻すと、机に置かれたコップや、冷蔵庫を開けて中の様子を眺めたり、バスルームの広さを確かめたりと部屋の様子を確認した。それからようやく、満足そうにベッドに横になる。


「内装をコレに頼ってるのはちょっとダメだけど、他はまぁまぁ」

「そ、そうかい……ホテル評論家が言うならそうなんだろうな……」


 それから少女は、ハッと何かを思い出したように体を起こした。ヘクトを睨む。


「今度は何だ?」

「……私のベッドはこっちだから。荷物を置いたり、寝たり、寝ぼけて入ってきたりしないでね」

「反抗期の娘かよ! 心配せんでも、人のベッドになんか入んねぇって!」


 ヘクトはそう怒鳴った後、大きくため息を吐いた。言うだけ言って少女は納得したのか、それからはベッドに転がったまま何も言わない。ホテルの居心地は悪くなかったが、彼にとっては沈黙が痛かった。

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