Chapter2-6 アクアランドホテル
――食事の後、2人はそれぞれの部屋に戻っていた。少女は大きな窓から、ホテル中央の人工池をぼんやりと眺めている。それから、1つ大きな欠伸をするとベッドに横になった。
パーカーのポケットから端末を取り出し、少しだけニュースを見る。サウス区のニュースだ。調べてみると、またもブルームーンによる襲撃があったらしい。
彼女はサウス区での襲撃ニュースを見て安心する。襲撃があったということは、ブルームーンが未だサウス区でヘクトを探しているということ。つまり、ウエスト区に来ていることは判明していないということだ。
少なくとも今はまだ、自分の出番はなさそうだ。少女はそう考えると、そのまま眠りに落ちていった。
しばらくしてから少女は目を覚ました。時間は夕方、空は夕焼けに染まっていた。少女は体を起こして、窓を見る。夕日の色は人工池を美しく彩っていた。
それに、どうやら新しい客も来ているようで、池の上に船が進んでいるのが見える。サメのホログラムが飛んだのを、部屋の中から眺めていた。
少女は改めて、机に置かれたビジュアルシートからホテル内設備を確認する。アトラクションやレストラン、特殊なエレベーター……それらの説明はあるが、浴場のようなものの説明はない。どうやら、各ルーム内の風呂で体を洗うようだ。
彼女は室内に配置された小型リニューアルドライヤーに服を入れると、ドアをスライドしルームの浴室に入る。そこには壁に備え付けられたシャワーと、やや大きめのバスタブ。
蛇口を捻り湯を貯めながら、少女はシャワーを浴びる。髪と体を洗ううちに、バスタブは湯で満たされた。
「ふぅ……」
バスタブに入ると、少女はその縁に頭を乗せて目を閉じた。心地よい湯の温かさに、疲れが溶けていくようだった。
浴場のような大きな風呂も好きだが、こういった小さな風呂も悪くはない。少女はそのまま、バスタブで30分ほど過ごした。
少女は湯を抜いて浴室から出ると、備え付けのタオルで体を拭き始める。リニューアルドライヤーから服を取り出して着ていると、ドアをノックする音が聞こえる。
少女が髪を拭きながらドアを開けると、そこにはヘクトがいた。
「なんだ、風呂入ってたのか。なかなか出てこないからどうしたかと思ったぜ」
「……なにか用?」
「ああ……ちょっと頼みがあってな……」
ヘクトは頭を掻きながら言う。何か言いづらいことでもあるのだろうか……。少女は首を傾げた。
「タバコを買いに行きたい」
「…………」
「自分1人で行けよ、みたいな目だな。まぁ気持ちはわかるけどよ。ホラ、一応俺も狙われてる身だから」
「狙われてる身でタバコを買いに行こうとしないでよ……」
「タバコはほぼ生理現象なんだよ。水みてぇなもんだ」
少女は面倒だと考えつつも、脳裏には先程確認したニュースの内容がよぎっていた。サウス区での襲撃……つまり、ヘクトを狙うギャングはまだこちらの位置を掴んでいないということ。
その点を考慮すれば、別に外に出るくらいは問題はない……とも考えられる。少女はため息を吐いた。
「しょうがないなぁ……」
「ありがとよ! いや〜、すっかり忘れちまってた。逃亡生活するなら買い込まなきゃ駄目だよなぁ」
まだ少し髪は湿っていたが、もういいかと少女はタオルを壁に掛ける。そのまま部屋を出た。
廊下を通り、ドアを開けると再び桟橋が現れる。水音と、水に乗ってやってくる涼しげな風が、夜の訪れを物語っていた。
2人はまたそれぞれのボートに乗ってフロントへと移動する。今度はサメや海賊船といった過激な内容はなく、ただゆったりと人工の島のようなものの近くを進むだけだ。
行きはより楽しみを意識させ、帰りは穏やかな気持ちで帰ってもらおうというホテル側からの配慮だろう……まだ帰るわけではないが。
そうしてフロントに移動し、2人はホテルを出る。日は落ち始めて、気温も下がりつつあった。ホテルの壁に光が灯され、呼応するように街全体がイルミネーションや広告パネルの光で包まれ始める。
涼しい風が少女の髪を撫でる。ここネオ・アルカディアに四季はない。シェルター内の気温や天気は常に管理され、朝は21℃、昼は28℃、夜は18℃程度になるように設定されていた。多少のランダム性はあるが、平均から大きく外れる日はない。
シェルターの外では、第三次世界大戦の影響が色濃く残り、高温環境からの急速な低温化、竜巻や豪雨……そういった異常気象がひしめいているが、それもこの国内には関係がない話だ。
少女はヘクトの後をついて歩く。彼は何かこだわりでもあるらしく、自動販売機やドローン通販ではなく、しばらく歩く。繁華街に出ると、相変わらず多くの人でごった返していた。イースト区やサウス区とは大違いだ。
『全編実写映画「サイファー・スカイ」、現在放映中――』
『サウス区にお出かけのときはこれ! コンボイグループの万能ハンドガン――』
『体力が落ちてきたなって思ってたんですけど……でも、このタイロイドエクステンダー(甲状腺機能拡張機構)をインプラントしてからは――』
ありとあらゆる広告が、画面に流れては消えていく。それらはあるものは空中に投影され、あるものは道路と歩道を仕切る壁に映る。
やがて、ヘクトは歩いた末にようやく目的の店に辿り着いたようだ。他と比べて控えめに光る看板には、『タバコ・電子タバコ』とだけ書かれていた。
ヘクトが中に入るのを見て、少女も後に続く。中は小さなコンビニのような作りだった。商品が並んだ棚には「依存性なし」「ホログラムスモーク」「トリップタイプ」……など、様々なことが書かれている。
その店は湿っていて、何より様々なタバコの匂いが混ざっていた。煙を吸わない少女からすれば、あまり気分がいい空間とは言えなかった。
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