Chapter2-5 アクアランドホテル

「で……どこに何を食べに行くの?」

「ああ。さっきホテルの案内を見たら、レストランがあるらしいんだよ」

「……へぇ」


 少女の目が軽く開かれた。ホテルを愛する彼女としては、その併設施設にも当然興味はある。今回は、水をテーマにしたホテル自体の完成度に注目しすぎて、情報が抜けていたようだ。少女は反省しつつ、ヘクトについていく。


「で、レストランは4階で……エレベーターで上がるらしいが……」


 そうして廊下を進んでいったヘクトだが、目の前に現れた「エレベーター」を前に徐々に言葉を失っていった。そこにあったのは、床から天井まで伸びる透明な筒状のガラス。2人が前に立つと、ガラスのドアがスライドして開いた。


 その中には、これまたガラス張りのエレベーターのカゴ。2人でそれに乗り込むと、少し揺れたあとでガラスケースが閉じる。


「なんだぁこりゃ? これがエレベーターなのか?」


ヘクトはカゴ内部の操作盤から4の数値を押す。すると――2人が乗ったカゴの下、ガラスの筒の内部に水がこみ上げ始めたのだ。


「おいおい、マジか!?」


 ヘクトはそれから起きる現象を察していた……そしてそれはすぐに現実となった。エレベーターのカゴは浮力で上昇し始めたのだ。


「うぉおおおおッ!?」


 ヘクトは咄嗟に手すりに掴まり、揺れるエレベーターの中で姿勢を維持する。少女はそんな彼を生温かな視線で見つめながら平然と立っていた。


「……なんだよ。何か文句でもあるのか? このための手すりだろ!」

「別に……」


 2人が乗るカゴは、透明な筒の中を上昇していく。やがて、エレベーターがレストランのある4階フロアに到着した。ガラスの扉が開き、ヘクトは慌てて降りる。


「クソッ! エレベーターくらい普通に作れよ!」

「面白くてよかったと思うけど……」

「ウエスト区の人間の考えはマジでわからねぇ。時間も無駄なら、寿命も縮まったぜ」


 ヘクトは息を整え、レストランに入る。そこには、広いテーブル席が何組かあった。床はツヤツヤとした素材で、天井のライトを反射する――しかし客はまばらで、閑散としている。


まだ昼時なこともあってか、ホテルの利用客も少ない。伴って、レストランの利用客も少ないということだ。


 2人がテーブルに座ると、店員がやってきて、ビジュアルシート――簡単に言えば紙状のタブレット――を1枚テーブルに置いていく。


「ごゆっくりどうぞ」


 店員が去ると、ヘクトはシートに目を通す。そこには料理の写真や名前が載っていた。指を左から右にスライドすれば、また別のメニューが出てくる。が、ヘクトが気にしているのはその値段だった。


「……なぁカーバンクル。俺の依頼報酬は、『ホテル代を代わりに出す』だ。だろ? ログを出してもいい」


 そう言ってこめかみのチップを軽く叩くヘクトを、少女は頬杖をついて冷めた目で見ている。


「つまり、こういう滞在中の飯とかまでは払う必要は――」

「お金は持ってるって言ったでしょ……」


 少女は呆れた様子でヘクトからシートを奪うと、ランチメニューを吟味する。並んでいるメニューは、水をテーマにしたホテルらしく「深海魚のフライ」や「陸棲エビの刺身」、「握り寿司」……旧世界の日本式の料理が多かった。日本人は魚を主に食べていたらしいので、このホテルと相性がいいのだろうと少女は思った。彼女は「握り寿司」の画像に触れ、それを注文する。2.5AMだった。


 少女がシートをヘクトに返すと、彼は唸りながら悩み始める。


「うーん……安いやつがいいが、かといって腹にたまらないものもな……」


 ヘクトはメニューを睨んでいたが、「フィッシュアンドチップス」……そして「ガイズビール」を注文することに決めた。それぞれ1.2AMと0.8AMだった。


 それから間もなく、注文した料理が運ばれてくる。少女の前には木目の板に乗った、真四角に成形されたコメの上に乗せられた魚のスライス。ヘクトの前には、ビールジョッキと、一般的な狐色に揚がったフィッシュアンドチップスだ。


「昼からお酒飲むの……?」

「サウス区じゃ普通だぜ。どこもかしこも昼から飲み放題よ」


 ヘクトはジョッキに注がれた冷えたビールを喉に流し込む。それから、深海魚のフライを指でつまみ上げ、口に運ぶ。


「うん……悪くねぇな。なんの魚かはわかんねぇが」


 少女も、握り寿司を1つ手に取って食べる。酢の味がするコメと魚は、1つにまとまっているため食べやすく、また魚の味の濃さをコメが中和してくれている。少女はその味に、微かに笑みを浮かべていた。


「ぶはぁ〜〜……うん、どこで飲んでもビールはうめぇ! 特にこのガイズビールはいい。キッツい炭酸と、金属みてぇな味が最高なんだよ」

「すごい不味そうなんだけど……」

「ガキにゃわかんねぇか。この男の味わいってやつがよ……」


 面倒なヘクトの言葉を聞き流しつつ、少女は寿司をもう一つ食べる。白色の魚のスライスには、いくつかの黒い斑点があった。先程の寿司と違い、噛みごたえがしっかりしている。


「いやぁ、にしてもこんな風に飲むのは久々だぜ。これまではなんだかんだ、ブルームーンの奴らが来ないかって怯えながら酔ってたからなぁ」


 それでも酔うのはやめないのか……という呆れの言葉を、少女は飲み込む。口にするのが面倒になっただけだ。


「考えてみりゃあ、ホテルに泊まり歩くってのも悪くねぇよなぁ。しかも別の区にいるんなら、あいつらじゃ絶対俺の居場所は掴めねぇぜ」


 どうやらアルコールのおかげでヘクトは上機嫌のようだ。少女は彼の言葉を聞き流しながら寿司を食べる。


「あと2週間か……無事金が手に入りゃ、お前にもバッチリ報酬を払ってやるからな」

「あー……うん。よろしくね……」


 2人はその後も、他愛のない話を交えながら(ほとんどヘクトが一方的に話すばかりだったが)ランチを食べ進めていった。

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