Chapter2-4 アクアランドホテル

 人工池の中には、海賊船を模した大きな模型や、小さな島のようなものが浮かんでいる。ボートはそれらの側をゆっくりと移動していく。ある程度まで近付くと、海賊船の大砲が赤く光り、ボートの近くで水柱が立った。


 それからボートはさらに進んでいく。すると、危機感を煽るような曲とともに、水面からサメが現れ、襲いかかってくる――ホログラム投影のそのサメは、ボートにぶつかると同時に消えていった。


 やがてボートは大きな門の前で止まり、扉が自動で開いた。どうやらこれでこのアトラクションは終わりらしい。船は再び、入り口とは別の桟橋の傍らに停止し、少女が降りると同時にどこかへと流れていった。


 しばらく待っていると、ヘクトが乗ったボートも同じ場所にやってきた。1人につき1つのボートで進むのだろう。まるで遊園地のライドだ。少女は大いに満足してヘクトを迎える。


「……面白かったでしょ?」

「あ? あー……凝ってんなとは思ったけどよ。時間の無駄だろ、これ」

「……風情がない男……」


 少女は呆れた様子で、桟橋の先のドアを通っていった。



 ドアの先には廊下があり、さらに幾つかのドアがその左右にある。客室の扉だ。扉の前のランプが2つ、点滅している。それは2人の部屋の所在を示すサインだった。


 ドアの側のカードリーダーにカードを翳すと、ドアの鍵が開く。部屋の中は、またもテーマパーク然としたものになっていた。まず目を引くのは、ベッドサイドに配置された丸い窓のようなガラス。ガラスの奥には高解像度の海の映像が流されており、ホテルにいながら水族館のように魚の様子を楽しめる――水族館と違い、映像だが。


 少女は部屋の中を歩いて回り始めた。ベッドにテーブル、テレビ、冷蔵庫……一般的なホテルの内装だ。部屋に配置された大きな窓から外を眺めると、つい今2人が通ってきた船のアトラクションのコースが一望できる。水面に太陽が反射し、キラキラと光っていた。


 ……少女は1人になり、静まり返った部屋で、改めて今日あった出来事を振り返っていた。チンピラの撃退と、怪しい探偵と、ボディガードの依頼についてを。


(変なこと引き受けたなあ……)


 少女は窓の外で、人工池のあちこちから噴き出す噴水を見るともなく見ながら、過去を想起していた。


 少女は生まれてこの方、ボディガードという仕事をしたことはなかった。「その逆」の仕事に常に従事していたからだ。それは――と思い出しかけたところで、少女は思考を打ち切るようにベッドに倒れ込んだ。


 部屋の天井が見える。天井には水の中にいるような、水泡や波の映像が投影されている。寝るときには邪魔な演出なためか、ベッドサイドのボタンからその映像は消すことができた。


「……」


 少女は目を瞑り、体の力を抜いた。時間は少し早いが、昼寝をしよう……そうしていると、部屋のドアがノックされた――ヘクトだ。


「おーい。カーバンクル」


 彼がドア越しに少女に呼びかけるが、ベッドに横たわった少女は返事をしない。少し後、再びドアをノックする音。今度はさっきよりも強めだった。


「おーい!」


 少女は面倒ながら目を開けて、部屋のドアを開けた。そこにはコートを脱いで、いくらか身軽そうになったヘクトがいた。


「……なにか用?」


 少女は彼を冷たく扱う。しかしヘクトは、この僅かな時間で少女の態度にも慣れた様子で、気にする様子もない。


「朝飯は食ったけど、昼飯を食ってなかっただろ? ランチといこうぜ」

「今寝ようとしてたんだけど……1人で行って……」

「お前は俺のボディガードだろ! ボディガードが最も言っちゃいけないセリフの1つだよ、『1人で行け』は!」

「もー……わかったわかった……」


 少女はルームキーを回収すると、面倒そうに首を回しながら部屋を出てきた。ヘクトと並んで廊下を歩いていく。


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