第76話 許南金先生

 南皮の許南金先生はすさまじい胆力を有していた。先生が僧寺で勉強をしていた時のこと、友人とともに一台の寝台を使っていた。夜半、北側の壁で二本の松明が燃え盛っているのが見えた。よく見れば、人間の顔面が壁から生えていた。大きさは箕(竹を編んで作った農具)くらいで、二本の松明に見えたのはその眼光であった。友人は脚をがくがく震わせて今にも死にそうであったが、先生は上衣を羽織るとゆっくりと起き上がりながら言った。


「今ちょうど読書をしたいと思っていたのだが、困ったことに蝋燭が尽きてしまっていたのだ。お前が来てくれたのはたいへん都合がよい。」


 そこで本を一冊持ってくるとその顔を背にして座った。本を読み上げる声は琅琅としていた。数頁も読み終わらないうちに眼光がだんだんと姿を隠しはじめたので、先生は壁を叩いてこれを𠮟りつけたが、もう出てこなくなってしまった。


 また、ある晩のこと、先生が厠に行く際、小僧が蝋燭を携えて付き従っていた。すると例の顔が突如として地面から湧き出てきて、顔を突き合わせるとにやりと笑った。小僧は蝋燭を放り出してばったり倒れてしまった。先生はすぐに蝋燭を拾い上げるとそれを怪物の顔の上に置いて言った。


「ちょうど蝋燭の置台がなかったのだ。お前はまたも都合のよい時に来た。」


怪物が上を仰ぎ見たまま微動だにしないでいると、先生は言った。


「お前はどこへでも行くことができるというのに、ここにいる。海辺には逐臭之夫(嗜好がはなはだしく変わっている人のこと。)がいるというが、もしやお前はそうなのか?ならばお前の来訪を無下にはできんな。」


 そして汚物で汚れた紙を怪物の口になすりつけた。怪物は激しく嘔吐すると狂ったように何度か吼え、蝋燭の火を消すとともに跡形もなく消えた。それ以後、その怪物を再び見ることはなかった。


 先生はその昔このように語った。


「鬼怪精魅というのは本当に存在するものであり、時にこれらを目の当たりにすることがある。ただ日々慎んで正しい心持ちでいれば、鬼怪精魅に対峙することができない者はない。ほんのわずかでも心が動じることがないからだ。」



紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻六「灤陽消夏錄六」より



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