第72話 西山の虎

 崔おばあさんの家は西山の中にあった。彼女曰く、隣の家の子が深い谷に柴刈りに行ったところ、突如、虎がこちらに向かってくるのが見えた。彼は高い樹に上ってこれを避けた。虎は樹の下までやってくると首を上げ、人間の言葉を発した。


「お主はそこに居たのか。私のことが分からないのか?しかし私は今や身を堕とし、このような有様であるから、お主に知られることは本意ではないな。」


言い終えると、頭を深く垂れ、しばしの間嗚咽を漏らした。そして爪で地面を掻きながら言った。


「いくら悔やんでも、もう遅いのだ。」


幾声か長く吼えると、奮然として身を翻し去って行った。




紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻十二「槐西雜志二」より

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