第71話 北方の狐
李千之侍御が言うことには、とある貴族の息子はたいそう見目麗しく、璧人(玉人。玉のように美しい人)と称えられた衛玠(※)に並ぶと目されていた。
彼は雍正の末年、秋季の郷試に参加するにあたって、豊宜門の内側の寺院の僧房を借りて夏を過ごした。一室に寝床を設え、別の一室で勉強をしていたのだが、毎朝起きると書斎の机や椅子、筆や墨などの一式もすべて、塵一つなくきれいに掃き清められており、しまいには花瓶に花が生けられ、硯に水まで注がれていた。すべてが作法に則ったかのようにきちんと整頓されており、粗雑な人がした仕事ではなかった。
彼はふと、北方には女狐が多いということに思い当たった。あるいはこの機を借りて狐が心を通わせようとしているというのも、なくはない。彼は心中まんざらでもなかった。お盆の上にはわずかながらお菓子や果物が置かれており、どれも一級品であった。彼はあえてそれを食べようとはせず、しかしますます美人の贈り物に違いないと期待し、目を皿のようにして良い出逢いを待っていた。
ある明るい月夜の晩、彼はこっそり北側の窓の外へ行き、窓紙に穴をあけて覗き見ることにした。絶世の美女を目にできることを願って。
夜半、器具を動かす物音がした。果たして、何者かが部屋で掃除をしているではないか。目を凝らしてよくよく見れば、それは、髭ぼうぼうの大男であった。彼は恐怖のあまり走って逃げ帰り、次の日、すぐに引っ越した。引っ越しの際、承塵(ほこりが落ちないように天井に張る布)の上から、ため息のような声が聞こえたそうだ。
※晋朝の人。中国古代四大美男子に数えられる。その美貌を一目見ようと野次馬が殺到し「見られすぎた」ために死んでしまったという伝説がある。
紀昀(清)
『閲微草堂筆記』巻十四「槐西雜志四」より
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