第39話 巨筆

 李太白は夢で筆の先に花が生じるのを見た。ただこれは夢の中の幻影にすぎない。


 福建の陸路提督であった馬公負書は、生来、翰墨(書画や詩文を書くこと)に耽溺しており、わずかな暇さえあれば硯に向かっていた。ある日、使っていた大きな筆を筆架に掛けてあったのだが、突如それが火を吹いた。光の長さは数尺にも及び、筆先から地面に向かって注いだ。火はさらにまた逆巻いて上に立ち上り、ごうごうと燃え盛って、一刻を越えた頃合いで収斂した。官署の下級武官たちは皆この光景を目にした。

 かつて馬公が肖像画を描いた際、私はその画題詩をつけたことがある。しかしながら、馬公は在任中に亡くなった。それはまたなんとも妖しく不吉なことであろうか。




紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻五「灤陽消夏錄五」より

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