第37話 棗樹の怪

 内閣学士の汪暁園は、閻王廟街にある家に仮住まいをしていた。その庭には棗の樹があり、樹齢百年以上のものであった。明るい月夜の晩になるといつも、斜めになった枝の上に紅い衣を着た娘が一人、足を垂らし座っているのが見える。月に向かって顔を上げ、人を避けようとする様子は全くない。娘に近づくとその姿は見えなくなるが、後ろに下がって眺めると元の場所に居る。かつて二人に命じて、一人を樹の下に、もう一人を部屋の中に配置させた。樹の下の者が手を伸ばして娘の足に触れたのを部屋の中の者が目視したが、樹の下の者はまったく何も見たり触れたりは出来ていなかった。娘が現れている時、地面にうつる影を見れば、樹の影はあっても娘の影はない。石ころを投げてみたが、何の手応えもなかった。銃を撃ってみれば、その音に反応して散じたが、硝煙が薄れる頃には元の形に戻っていた。家主は言った。


「家を買った時からすでにこの怪異はあった。ただ、人に害なすことは無いため、互いに何事もなく平穏である。」


 木魅花妖とは、よくあるもので、大体は変化するものが多い。今回のように動かず話さず、ただ黙々と枝の上に座っているだけのものが、何のために存在しているのかは分からない。暁園は障りがあることを憂えて居を移し、これを避けた。後に家主が樹を伐採し、怪異はぱたりと絶えた。



紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻四「灤陽消夏錄四」より

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