第32話 亡人衣

 先輩の戈東長が翰林院に勤めていた時のこと、彼の祖父である傳齋先生が市場で緑の袍(長い上衣のこと)を買った。ある日、戸締りをして外出したのだが、帰って来ると鍵が無くなっている。もしや寝床の上に置き忘れたのかと思い、窓越しに見ると、この袍がまるで人のように真っ直ぐと立っていた。驚いて叫び声を上げると、それを聞いてぱたりと倒れた。人々はこれを焼いてしまってはどうかと提案したが、当時居候していた劉嘯谷先輩が言った。


「これはきっと亡くなった方の衣服で、魂が憑いてしまっているにすぎない。幽鬼は陰の気であるから、陽光を見ればすぐに散じる。」


烈日の下に曝して、繰り返すこと数日、再び部屋に置いて、こっそりと様子を観察したが、それが再び祟ることはなかった。

 また、戈東長は若くして禿げてしまったので、常につけ毛を使って辮髪に繋げていた。官を辞す時、突如つけ毛が伸び上がり、蛇の尾のようにくねくねと曲がった。東長は間を置かずすぐに田舎へ帰って行った。これもまた、死人の髪がその運気が衰えることを感知して変幻したのである。



紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻六「灤陽消夏錄六」より

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