第29話 本物

 「妖は人により起こる」というのは、往々にしてあることなのだ。


 李雲挙が言うことには、何某はたいそう肝の小さな男であり、もう一人の男はこれを揶揄おうとした。彼の下僕の手は墨のように黒かったため、下僕を部屋の中に隠れさせて、密かに示し合わせた。「私と何某が月下に座したところで、私が驚きながら幽鬼だと叫ぶから、お前はすぐに窓の隙間から手を伸ばすのだぞ。」その時が来て、彼が叫ぶと、突如、一本の腕が伸びてきた。それは、大きさが畚(もっこ、ふご)のようで、五本の指が太く真っ直ぐに突き出ていて杵のようだった。何某と男は驚き恐れ、下僕たちも皆騒ぎ立てて言った。「これは本物の幽鬼ではないか!」灯を手に、棍棒を携えて中に入ると、例の下僕が壁の隅で昏倒していた。皆で彼を介抱し、目醒めたところで彼が言うには、「暗闇の中で、何者かがフッと息を吹きかけてきた。途端に自分は気を失ってしまって、よく分からない。」とのことだった。


 一族で叔父の楘庵が言うことには、とある二人が寺で勉強をしていた。一人が灯りの下で首吊り霊の仮装をして、もう一人の目の前で立ち上がった。それを見た男は驚き恐れて死にそうな様子だったので、慌てて呼びかけた。「僕だよ、僕!怖がらなくていいよ!」もう一人が言った。「君だというのは分かってるよ!でも君の後ろのものは、何なんだい?」振り返ると、本物の首吊り霊が居た。


 おおよそ、細工をしてやろうという思惑が一旦生じると、幽鬼はその心につけ込んで、これに応じるのだ。これは、蟷螂が蝉を捕らえようとしているまさにその後ろで雀が蟷螂を狙っているという故事に喩えることができる。


紀昀(清)

『閲微草堂筆記』巻六「灤陽消夏錄六」より

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